『ヒト』を最適化しよう。

孔子『高学歴者を見ていると、学歴などない者のほうがマシだと言いたくなることがある。』(超訳)

儒教の始祖 孔子画像

内省

先日のフジテレビの番組『全力教室』で、脳科学者の茂木氏が自身の母校でもある東大生を集め、偏差値で決める日本の教育を見直し、MIT、ハーバード、ケンブリッジ、イェールのような世界に通用する大学で重んじていることから、 目を逸らしてはならないことを豪語していた。(他の回は知らないが、この回の放送はおそらくやらせではなかっただろう。)

 

世界ランク1位はMIT(マサチューセッツ工科大学)、2位がハーバード、3位がケンブリッジだ。東大は32位だという。(京大が35位)

 

東大生

一体何を持ってそのランク付けをしているのか?

 

と不満そうに言う東大生。もちろんちゃんとした審査がある。(『ノーベル賞(フィールズ賞)受賞者がどれだけ出たか』、『教師、学生からどれだけの論文が引用されたか』など。)

 

だが、これを聞いたら本人たちは無我夢中で勉強一筋でやってきたというのに、それを頭ごなしに軽く否定されたような気分になることは否めない。

 

(自分たちがやってきたことが間違いだったというのか)

(自分たちがどれだけ大変な思いをして東大に入ったと思うんだ)

 

こう考えて当たり前だ。彼らの努力を決して無下にしてはならない。もちろん、無下にしているわけではないのだ。事実を説明しているだけ。彼らは賢い。だが逆に、日本のトップの頭脳を持つ人間としてこう問われたらどうする。

 

なぜ、その世界ランキングの存在を知らなかったのだ?

 

それこそが、日本がガラパゴスで、日本一の大学が世界では10位にも入らない理由の一つである。世界で30位だからなかなかいい位置じゃないかと思うかもしれないが、次のデータを見てどう思うかだ。

 

大学世界ランク(東京大学)

  • 2007年 17位
  • 2008年 19位
  • 2009年 22位
  • 2010年 24位
  • 2011年 30位
  • 2012年 27位
  • 2013年 32位

 

そう。2012年で一度だけ軽い上昇を見せたが、年を重ねるごとに、世界ランクが落ちているのが現実なのだ。それを見た元東大生である茂木氏が、『TED conference』といった世界的講演会に出演し、グローバルな視野で果敢に模索する中、これからの日本の中枢を担う東大生に、今のうちからイノベーションを起こしてもらうべく、教壇に立つことは、動機としては十分なのである。

 

孔子は言う。

『質実剛健な者は、頭でっかちな優等生よりも遥かに仁者に近いものだ。』

 

質実剛健とは、中身が充実して飾り気がなく、心身ともに強くたくましいさま。実は、ノーベル賞を取る人間の多くは、このランキングの圏外にあるような大学に多いという。

 

また、ビル・ゲイツスティーブ・ジョブズは大学を中退した。マイケル・デルも同じだ。ヘンリー・フォードなど小学校にすら行っていないし、エジソンなどは小学校をたったの3か月で退校させられている。グーグルの創業者のセルゲイ・ブリンと、ラリー・ペイジは、スタンフォード大学の博士課程を休学した。田中角栄本田宗一郎松下幸之助に、この世に名を遺す稀代の逸材たちは皆、学歴などにこだわっていないのだ。

 

また、その『グーグル』を創業した二人、セルゲイ・ブリンと、ラリー・ペイジだが、googleのすべてを詳細に明かした本『グーグル ネット覇者の真実』によると、『モンテッソーリ教育』という教育を受けていたことがわかったのだ。モンテッソーリ教育とは、マリア・モンテッソーリという医師が実践した教育法で、自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、『生涯学び続ける姿勢を持った人間に育てる』ことを根幹に置くのだという。まさに日本の東大生には、面を食らう教育法。彼らがやってきた『詰込み』とは逆なのである。

 

彼ら東大生の中には、こう反論する生徒もいた。

 

東大生

別に僕は東大卒というネームバリューが欲しかっただけなんで。

 

その言葉を言った理由がもし、

『東大を卒業しさえすれば、就職に有利。就職氷河期がどうだと周囲が騒ぐが、それは自分には関係ない。社会が求めているのは処理能力の速さだから、それについてトップをひた走る僕らはまさに勝ち組。官僚だろうが企業の幹部だろうが、我々という『人財』を手に入れるために躍起になってくれるはずだ。』

 

という、まさにあの『金持ち父さん 貧乏父さん』で言うところの『貧乏父さん』の代表的な考え方であったのならば、彼がした発想は、この『モンテッソーリ教育』の真逆にある発想だったのではないだろうか。

 

もう一度孔子の言う『質実剛健』の意味を考えてみるのだ。中身が詰まっていれば、突出した何かさえ持っていれば、偏差値が低かろうが、サヴァン症候群だろうが、同じ舞台で共闘出来る戦友でありライバルだと思わなければならない。そうじゃないと個性がフィーチャー(特徴づけ)されない。個性がフィーチャーされない人間は、偏差値などという一つの視点で測られたら最後、無能の烙印を押されることになる。それこそが、『人財』の埋没ではないのだろうか。

 

彼ら東大生だけのせいにしてはならない。彼ら東大生は、日本の大学、教育界の代表として、この授業を受けただけだ。つまるところこれは、日本の教育カリキュラム全体が震撼させられるべく、警告なのである。そして何を隠そう、孔子は2500年も前から、これについて説いていたのだ。

 

彼らが『人罪』になる確率は低いだろう。だが、『人財』を目指していたはずが、いつの間にか『人材』どまりになっていたということがないように、人生を考えて生きるべきである。

 

 

注意
※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、運営者が独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

参照文献

子路第十三-二十七
子曰く、剛毅木訥は仁に近し。

関連する黄金律

『『一歩』の価値をどう評価するかで、その人間の人生は決まる。』 『失敗したと思っても絶対に諦めるな。そもそもそれは、『失敗』ではない。』 『一つのことに集中する人間だけが手に入れられる圧倒的な力がある。』

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