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太宰治『人は、本当に愛していれば、かえって愛の言葉など白々しくて言いたくなくなるものだ。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

偉人

ふむ…。

運営者

考察

日本人独特の文化だ。何しろ、顔面に唾を吐きかけるのがあいさつだという国もある。欧米のように、『言葉で伝えるのは当たり前だ』という文化もある。これはもう、文化の違いと言うしかないだろう。では、なぜこういう文化が根付いたのだろうか。日本人の女性の中には、男のこの価値観を理解出来ない人間も大勢いる。日本独特の文化ですぐに思いつくのは『サムライ』。『武士道』の精神である。

 

新渡戸稲造の著書、『武士道』は、実にそうそうたる人物と照らし合わせ、その道について追及していて、奥深い。キリストアリストテレスソクラテスプラトン孔子孟子ニーチェエマーソンデカルト織田信長徳川家康豊臣秀吉、枚挙に暇がない。本にはこうある。

 

『武士道においては、名誉の問題とともにある死は多くの複雑な問題解決の鍵として受け入れられた。大志を抱くサムライにとっては、畳の上で死ぬことはむしろふがいない死であり望むべき最後とは思われなかった。』

 

武士道が掲げる”7つの神髄”

『義』

─武士道の光輝く最高の支柱

『勇』

─いかにして胆を鍛錬するか

『仁』

─人の上に立つ条件とは何か

『礼』

─人とともに喜び、人とともに泣けるか

『誠』

─なぜ『武士に二言はない』のか

『名誉』

─苦痛と試練に耐えるために

『忠義』

─人は何のために死ねるか

 

忠義

 

なるほど。『武士道精神』がどのようなものだったかが、一目瞭然となっている。人の為に耐え難きを耐え、見えないところで義を重んじる。こういった、健気で、高潔な武士の心構えが、日本人の血に脈々と受け継がれているのかもしれない。

 

ある評論家は、

 

実は武士はわずか。農民の方が数が多かった。だから日本人は武士ではなく、農民の血を引き継いでいる。

 

と言ったが、それもその通りだろう。だが、その『農民』が憧れたのはどんな人物だったか。今、有名人や上に立つ者に称賛の目を向ける人々と同じように、やはり、日本人の血の芯の芯に流れているのは、武士の精神なのではないだろうか。米国は『罪』の文化で、日本は『恥』の文化だと言われている。かつて、『畳の上で死ぬくらいなら』と切腹を志願した日本人の煮えたぎる血が、こうも現代の人間の生き様にまで、影響しているのかもしれない。

 

日本

 

『人は、本当に愛していれば、かえって愛の言葉など白々しくて言いたくなくなるものだ。』

 

例えば私は『愛』というより、17歳の頃に出会った恩師を、見えないところで『恩師』だと言い続けている。彼らにはそれを直接伝えていない。伝えない理由はいろいろあるが、そのうちの大きな理由の一つは、『私がそれを彼らに伝えて、彼らからどう言われたいか、ということではなく、私が陰で彼らをそう慕いたいから』というものだ。

 

それは例えば、アイドルやタレントなどのファンが、追っかけをするほど熱狂的に好きになるが、自分のその憧れの気持ちが尊くなりすぎて、『この距離がちょうどいい』と言うような感覚に似ている。幻滅したくないのだ。自分のその純粋な気持ちを、いつまでも大切にしていたい。胸に秘めていたいのだ。どこか、独りよがりで自分勝手である。相手に伝えてこそコミュニケーションであり人間関係だ。だが、同時に『粋』で、『健気』でもある。このあたりの微妙な感覚が複雑に交じり合い、太宰治の言うような考え方が、蔓延しているのかもしれない。

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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