『ヒト』を最適化しよう。

松永安左エ門『実業人が実業人として完成する為には、三つの段階を通らぬとダメだ。第一は長い闘病生活、第二は長い浪人生活、第三は長い投獄生活である。このうちの一つくらいは通らないと、実業人のはしくれにもならない。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

現在の東京電力に当たる大株主でもあった松永は、福沢諭吉の『学問のすすめ』に感激し、1889年(明治22年)に東京へ出て慶應義塾に入学。戦後のGHQによる政策で民営化をするまでトップに君臨し続けた、『電力の鬼』とも言われる猛者である。では、

 

  • 長い闘病
  • 長い浪人
  • 長い投獄

 

この3つの共通点は何だろうか。

 

それは、『自分という人間と向き合う時間を長く確保できる』ということである。

 

向き合う

 

反省、猛省、内省、内観の順番で、人は自分の心と向き合う深さが変わる。普段ちょっとしたことで怒られたり失敗をして考えるのは、『反省』のレベルにすぎない。重度の失敗をし、ひどく落ち込むような結果の後にするのが『猛省』。そして、そういう『後始末』的な発想ではなく、自らの意志でもって自分の心と対話し、『前始末』的に自分の心を整える。それが『内省』だ。

 

トップをひた走るトップ企業の経営者の多くは、往々にして寝る前や朝に30分ほど内省の時間を設けている。瞑想でもいいし、日誌でもいいし、ジョギングやウォーキング中でもいいが、心や思考を整理し、理路整然とした状態をキープしなければ、大人数の命を乗せた大きな船の舵を握る、船長は務まらないのである。

 

だが、世の中にはもう一つ深い階層がある。それが『内観』によって得られる世界である。仏教の開祖ブッダが行ったのは『ヴィパッサナー瞑想』と言われる瞑想だが、あれもこの内観の一種なのである。

 

瞑想

 

ヴィパッサナーとは、「よく観る」「物事をあるがままに見る」という意味である。これは別に仏教という宗教儀式でも何でもない。全ての人間が自由に出来ることだし、やるべきことであると経験者である私は確信する。

 

だがそれを行うべく環境が整うのは、往々にして松永安左エ門がいう状況になってから。この言葉には、そういう深い意味合いがあるのだ。励ます言葉にもなっている。今がそういう憂うべく状況であっても憂う必要はないと。むしろ人生の真珠は、陽の当たらない深海にあるのだと。

 

 

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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