名言を自分のものにする

広告

 

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『広告とは、そこにある実質という唯一無二の価値を、より多くの価値観の違う人間に理解してもらうために行う、情報のカスタマイズである。』

 

目次


  • 意味
  • 関連する黄金律
  • 関連する偉人の言葉
  •  

     

    意味


    良質』を紐解くために避けて通れない15のトピック』の、

     

  • 1:『匠』と『代理店』
  • 2:『全国展開するチェーン店』
  • 3:『視聴率と番組制作(クリエイティブ)』
  •  

    で書いた様に、『広告の最適化をしなければ、いくら良い製品やサービスでも、人々に認知されない』という事実があり、そして、認知された人の数が多ければ多いほど、それを通して売り上げが上がり、収入も増えるわけで、更にその収入で良質なものを追求することが出来る、という図式からも、やはり、

     

    製品(サービス)⇒広告⇒認知⇒購買⇒収入

     

    という図式を軽んじるわけにはいかない、という印象を受ける。

     

    広告

     

    実際、ハリウッドスターは映画の広告のためだけに来日したり、映画監督は自身の作品の広告のために、様々な番組に出演したり、雑誌の取材を受ける。普段は行わない。広告という目的があるからこそ、彼らはその時期にだけ、一時的に積極的になる。

     

    その記事に登場する宮崎駿は、

    『鈴木さんがいなければやってこれなかった。』

     

    と話す。鈴木敏夫はスタジオジブリの名プロデューサーだ。高畑勲と三人で、スタジオジブリを運営してきた。

     

    映画、『崖の上のポニョ』のエンドロールでは、ひらがなで書かれたスタッフの名前が読み順に流れるのだが、その名前の横に、一人一人の特徴を現した、絵が挿入されている。

     

     

    例えば、宮崎駿なら『豚のマーク』だ。ソクラテスに造詣が深い哲学者である一面を持っている宮崎駿は、この『豚』と密接な関係性を持っていることで有名だ。名作『紅の豚』は、当時の東大総長が言った、

    『肥えたブタではなく、痩せたソクラテスになれ。』

     

    という言葉に感銘を受けた宮崎が、自分を自虐的に『無知なブタ』であると表現し、ソクラテスの様な知者に一歩でも近づくべく思いが影響しているのだという。(自分をブタと表現するところが重要である。)

     

    つまり、『自分はまだまだ豚だ。無意識のところで、豚のように私利私欲を優先させているところがある。』として、自分を戒めているのである。

     

    では、鈴木敏夫はどういうマークがついたかというと、『がま口の財布』なのだ。つまりそれは、彼が『=お金を担当している』ことを意味する。宮崎が『鈴木さんがいなければやってこれなかった。』と言ったのは、彼がプロデューサーとして、スポンサーを集め、広告を最適化し、宮崎駿の稀代の作品を、より大勢の人に見てもらう為にあの手この手を尽くしたからなのだ。

     

    それは、宮崎駿のような匠が出来るようなことではなかった。職人気質の匠は、『人に理解される』ということよりも、『それを作ったこと』に満足感を得ることが多い。

     

    天才芸術家、ミケランジェロは、『システィーナ礼拝堂』の制作がいつまでも終わらないので、ユリウス二世に『いつ完成するのだ?』と言われ、こう言った。


    『私の作業が終わるときです。』  

     

    礼拝堂 

    このようにして、匠というものは『作ること』に意義を覚える傾向があるのだ。その代償に何が支払われても、それは仕方がないことだと考えるのである。従って、『匠』と『代理店』のような事実が存在しているというわけなのだ。

     

    しかし、ユリウス二世ほどの人物がそう呆れていたように、その記事に書いた『美味しいもの』が必ずしも売れているとは限らない様に、世にいる人々には、それを『良質なもの』だと認知することが容易ではないのだ。

     

     

    だから『広告の最適化』という、より多くの価値観の違う人間に理解してもらうための、情報のカスタマイズをする必要があるのだ。

     

    例えば、『ライトな層』などという言い方をする人間もいるようだが、それはつまり『浅はかな人々』ということになる。何も、悪口を言っているわけではなく、例えば私などは映画に対して身が震えるほどのメッセージ性を求めることがあるが、しかし、世にいる人々が必ずしもそうではない。多くの人はそうした考えさせられる映画より、激しく、刺激的で、爽快な、話題性のある映画が観たい。

     

    実際、レオナルド・ディカプリオ主演の『レヴェナント』の広告が流れているとき、私は(これは面白そうだ)と思ったが、隣にいた中年夫婦は、

    『何かこれも暗そうな感じだなあ。』

     

    とぼやいていた。彼らと私の価値観は異なっていて、映画に対する要求も違うのだ。

     

     

     

    つまり、ここで言う『ライトな層』というのは、『浅はか』ということもそうだが、『別にそこまで深い話は求めてないんだよ』という人々に対して使う言葉なのである。

     

    以前、『ヴィレッジ』という映画を観た時、私はそのメッセージ性に身を震わせたわけだが、その後人々のレビューをネットで確認すると、

     

  • 『なんだか期待外れ』
  • 『結局なんだったの?』
  • 『意味不明だったな』
  •  

    というような感想ばかりが目立っていたのだ。その理由は、まず『テレビのCMで人々に期待させた展開』を裏切ったことがある。テレビのCMでは、スリリングで、サイコホラーなイメージを伝えていて、 いかにも『ライトな層』に受けそうな演出をしていた。

     

    だが、実際にはこの作品に込められていたのはあまりにも深遠なメッセージであり、それを理解できるのは、ごく少数の人間だけだったのである。私がそれを理解できたのは、私がその中に出て来る登場人物と同じような境遇で育ったからであり、確かに、私もそういう環境で育たなければ理解はできなかったかもしれない。

     

    しかし、私のような人間は少数しかおらず、その様な少数だけを狙って広告を打ったところで、興行収入は見込めない。そうなると、あらゆるところに赤字が出て、誰かが借金を負うこともあれば、最悪の場合はそれによって死に至ることもあるだろう。次の作品も生み出せない。

     

    だから『ライトな層』に見てもらえるように演出し、広告の最適化、情報のカスタマイズをしたのだ。より大勢の人に映画を見てもらえるように、画策したのである。

     

     

    広告の最適化を嫌う人もいる。私などもそのうちの一人だ。そんなことをしてライトな層を大勢集めたところで、的を射ない評価をされて、価値が傷つけられる気持ちになるだけだと考えるからだ。

     

    的

     

    だが、そこをどう結論付けるかで、人の一生は大きく変わると言っていいだろう。広告だけを気にする人間はいかにも浅薄で内容が無い人間に見えるが、広告をしなければ商品が売れることも人々にメッセージを伝えることも出来ないのだ。

     

     

     

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