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『人間の知性の高さと器の大きさは、受け入れなければならない事実に直面した時の、受け入れる時間の長さに反比例する。』

意味

凡人は騒ぐ

受け入れなければならない事実があったとする。それを、すぐに受け入れたとする。それが出来る人はとても賢い。普通なら『青天の霹靂』などと騒ぎ立て、戸惑い、慌てふためいたりするものである。だからもしその受け入れる時間が短いのなら、それに反比例して、知性は高く、器は大きくなる。

 

その逆で、その事実をすぐに受け入れないとする。その時間、実に20年という時間だ。その間、何とかして

 

そうではないはずだ

 

などとして、その事実から目を逸らしてきたとする。しかし結局その通りになった。だからこそ『受け入れなければならない事実』だったのだから。ということで、その膨大な時間に反比例して、知性は低く、器は小さいということになる。

 

天才のやり取り

キアヌ・リーブスが主演の映画『地球が静止する日』では、キアヌ・リーブス演じる人間の姿をした高知能の宇宙人が、数学の天才のような学者が黒板に書いた『書きかけの数式』を見て、その後の数式を書き込むシーンがある。それを見た学者が、

 

学者

まさか、そんなことがあり得るのか?

 

と問いかけ、宇宙人はうなづいた。つまり二人は、数学の数式だけで会話をし、学者はその未知の数式を見せられた後、その数式に隙がないことをすぐに理解し、認め、その事実を受け入れたのだ。あのやりとりが出来るのは高知能者だけだ。

 

 

現実逃避宣言

これは別に後者に対する悪口ではなく、近者に対する憤りなのだ。例えば、私の部下に『吃音症』を患う者がいて、その部下はそれだけではなく、

 

  • ADHD
  • ADD
  • 回避性人格障害
  • うつ病
  • あがり症

 

といった精神的疾患に近い、様々な不安定さを持っている。例えば6年前に彼が言った言葉に、

 

部下

僕は一生現実逃避をして生きていきます。

 

とか、

部下

僕は道具でいいです。

 

といったものがある。そのシーンがどういうものであったか想像出来るだろうか。それを言われた指導者がどうすればいいか、的確にこたえられるだろうか。とにかく彼はこの8年間、全くといっていいほど吃音も治らないし、その他の精神的な問題も著しい変化は見られない。

 

何度怒鳴っただろうか。何度赦しただろうか。普通の人が考えるようなものは全てやったのだ。もちろん、富士登山も一緒にやった。日本の世界遺産も全て観て回った。普通の人が考えるようなものはもちろん、考えもしないものも一緒にやってきたのだ。

 

だが、彼は受け入れられない。それは、執着しているからだ。アイルランドの劇作家、バーナード・ショーは言った。

 

自分に執着し、自己愛に徹している。それは、自分が悲劇のヒーローであり、被害者だからだ。事実、彼は被害者一家だった。幼少の頃に、事故で兄を亡くしているのだ。そうした問題も手伝って、彼は自分が被害者だと思う気持ちが人一倍強くなり、自分は何をしても許され、放っておいても誰かが面倒を見てくれる、という愚かな人間に成り下がってしまった。

 

私はそれを『入社初月』に指摘し、言った。

 

お前に必要なのは、主体性とパラダイム転換だ。

 

しかし彼は、その言葉の意味を本当に理解しないまま聞き流し、時間を散財させていった。ある日、レストランで食事をしているとき、

 

お前は歩幅があまりにも狭すぎる。このままでは有限の時間で状況を打破することはできない。

 

と私が言うと、彼はその言葉をいつものように聞いたふりをしてその場をしのぎ、そして次の日からまた同じような生活態度を取った。

 

 

『8年』の月日

そして『8年』の月日が流れた。

 

…もう一度言おう。『8年』だ。8時間や8日ではない。この圧倒的な時間の長さがわかるだろうか。人生が80歳であれば、その10分の1を、その歩幅のまま(あるいは多少だけ広がった歩幅のまま)、 過ごしてしまったのだ。

 

彼が、その『歩幅が狭すぎる』、『このままでは有限の人生の中で改善は見込めない』という決定的な事実から、受け入れなければならない事実から目を逸らさず、直視し、それを受け入れて歩幅をもっと広げていたのなら、8年経った今、彼の成長は今よりも遥かに素晴らしいものだったに違いない。私はそういう経験を通して、この言葉を捻出したのである。

 

 

 

盲目になった祖母

もう一つの事例は、私の祖母の話である。孔子の超訳記事、

 

にもその一例を書いているが、80歳を超える祖母は、傲慢不遜な態度を自律することが出来ない人間だった。もちろん、彼女が生きてきた人生が生半可なものだったとは言わない。社長夫人として夫を支え、会社の為にも尽くし、子供を育てながら借金を返し、戦争を潜り抜け、息子は精神分裂病に、娘の一人は早くに亡くし、それはそれは波乱万丈の人生を生きてきたことだろう。

 

しかし、だからといって傲慢不遜な人生を生きていいという理由にはならない。祖母の生き方からは、その記事にも書いたように、自分の人生を棚に上げるような盲目的なエゴチズムが垣間見えるような傲慢さがにじみ出ていた。

 

ある日、私が仕事中に祖母に呼ばれて居間に行くと、祖母が足を組んで(いるように記憶に焼き付いているが、実際にはそういう偉そうな態度に見えただけかもしれない)、明らかに上から目線の物の言い方で、こう言った。

 

祖母

この仕事、頼みたいんだけど?いくらでやってくれるの?

 

私はその態度に違和感を覚え、明らかに『目の前にいるのはお客様だ、神様だ』というような、ふんぞり返った祖母に対し、『暴言を吐く』という選択肢も頭にちらついたが、死期も近いこの祖母の為にそれはやめ、むしろ、その仕事を無料でやってあげる選択肢を選び、こう言った。

 

いいよ。お金はいらないよ。

 

 

だが、祖母は次の瞬間、吐き捨てるかのようにこう言ったのだ。

 

祖母

ああ、お金払わないんだったら頼まないわ!

 

…何という愚かな選択肢を選んだのだろうか。つまり祖母は、『お金を払わずに無料でやってもらって孫に感謝する』という選択肢よりも、『お金を払うかわりに偉そうな態度を取る』という権利を取り、自分の態度を変えるくらいなら、『仕事を頼まない』という判断をしたのだ。

 

そして、仕事の手を止め、居間に降りてきた私の横をすっと横切り、

 

祖母

○○に頼むからいいわー、おやすみー!

 

と、捨て台詞を吐いて自分の部屋に戻っていったのである。私はその時、今まで死期が近く、高齢で、昔世話になった祖母に対し、我慢してきたあらゆる出来事が頭の中を駆け巡り、とうとう祖母にそのツケを払わせることを決意した。

 

 

『自称』クリスチャンへの挑戦状

私はまず、祖母を『殺す』という選択肢を考えたが、それはすぐに(違う)とわかった。そして次に『殴る』という選択肢を考えたが、それもすぐに(違う)とわかった。では、『意見する』という選択肢はどうか。ここからは極めて話が複雑化する。とにかく私は、『ある考え』によって、祖母が特定のアクションを主体的に起こすまで軽蔑し続ける、という選択肢を選んだ。

 

そのアクションはもちろん、『謝罪』である。

 

だが、この謝罪は、私が『意見』し、それで初めて動くような生半可なものでは意味がないと考えた。なぜなら祖母は、クリスチャンを語る人間だからである。クリスチャンである人間なら、自分の心と向き合う時間が豊富にあるわけだから、自分の失敗や至らないところに気づき、私に謝罪してくるはずなのである。つまり、『複雑な話』というのは、宗教だ。母や祖母らが数十年に及んで重んじている、キリスト教という宗教に対する、これは挑戦状でもあった。

 

(おい、お前ら。クリスチャンなんだってなあ。だったら取るべき選択肢があるはずだよな?もし、その選択肢を選べないのであれば、お前らの数十年は、偉そうに語ってきた教えは、嫌がる俺に強要し続けた20年間の時間は、クソにも値しないゴミの時間だぞ?さあ、どうするんだよ。この問題を、主体的に解決してみろよ。神様とやらの力を借りてなあ!!)

 

私はこの件を通して、私の家庭内にあった『宗教問題』を、家族全員に再考させることを決意したのである。

 

 

 

84歳からの『4年』の月日

そして、『4年』の月日が流れた。

 

…もう一度言おう。『4年』だ。4時間や4日ではない。この圧倒的な時間の長さがわかるだろうか。80歳を超え、いつ死んでもおかしくないはずの祖母が、私に謝罪一つ出来ず、私と向き合うことから逃げ続け、84歳を過ぎてからの4年という時間を過ごしてしまったのだ。

 

私は、祖母が最初の方にやってきたアクション、『高い弁当(1600円以上の値札が付いたもの)』等を、甲高い声を出しながら私に渡してきて、ある種の賄賂のようなイメージで、ことを穏便に済ませようとした幾多もの出来事を、心底から軽蔑しつづけ、それから一切口を利かずに4年間、同じ家で過ごした。

 

祖母が作った食事には、お腹が空いていても一切手を付けず、『最優先事項』をおざなりにしたまま話しかけてきても一切応じず、断固として『無言の教育』を貫き、祖母も含めた私の近辺にいる『自称クリスチャン』たちに、プレッシャーを与え続けた。

 

クリスチャンを名乗り、敬虔な信仰者を装う数人の家族。そして、目の前で明らかな不和が繰り広げられる現実。いくらこれらの事実を見て見ぬフリし、表層だけを順風満帆に象っても、我が家の人間関係の根底には、紛れもなく『宗教とエゴチズム』という、人間の醜い執着心がまがまがしく漂っていた。

 

つまり、『謝罪できないクリスチャン』と、『見て見ぬフリをするクリスチャン』が、『敬虔なクリスチャン』を演じ続け、自分達には非がない、目の前の問題を解決する責任がない、という浅薄な答えにしがみついていたのだ。

 

 

 

インサイド・アウト

そして『4年』という圧倒的な時間が流れた。祖母は88歳という、いつ死んでもおかしくないという年齢にさしかかっていた。そんなある日、私が母に『クリスチャンについて』の文句を、半ば怒鳴り散らしながら叫んだ。

 

『お前ら、アウトサイド・インじゃねえかよ。いいか、キリストやブッダも含めたあらゆる偉人はな、インサイド・アウトの発想をするんだよ。周りを変えたければ、まず自分から変われと。鏡に映った姿で身なりが崩れていたとき、身なりを整えるだろう?それと同じだ。自分の身の回りで何かスムーズではないことが起こっているのなら、その問題を解決するカギを握っているのは、自分なんだよ。そういう発想がインサイド・アウトなんだ。お前ら(自称)クリスチャンは、それが出来てねえじゃねえかよ。それなのに、何がアーメンだこの野郎!何を日曜日にいそいそと集会に出かけて、てめえらだけが信心深い信仰者みてえなふりしやがって。キリストの教えを全然守れてねえじゃねえかよ。それで何でクリスチャン(キリスト教徒)なんだよ。』

 

いつも下手に出ている私のような人間を本気で怒らせたら怖い。

 

これを聞いていた妹が、その翌々日、祖母に『兄(私)と話してくれ』と頼んだらしく、ついに祖母が、主体的に(実際には妹の力を借りて)私の部屋をノックし、

 

祖母

話があるんだけど…

 

と声をかけてきたのだ。だが、祖母はまだ誤魔化そうとしていた。4年前のその出来事や、それ以前にもあった数々の見栄に支配された行動、また、自分の心底に目を向ければ必ずわかるはずの傲慢不遜な考え方を隠蔽しようとしていた。

 

祖母は言った。

 

祖母

私はただ、これから(死ぬまでの時間)何かとお世話になることになるかもしれないから、挨拶をしようと思って…

 

その態度が気に食わなかった私は言った。

『おい、お前本当にそれでいいのかよ。ここまでくるのに何年かかった?どれだけの時間、俺とお前との間に距離が開いてたんだよ!?このまままた核心に触れず、話を誤魔化し、部屋を出るか?せっかく勇気を出して間に入った妹の気持ちも無駄にして、これでそんなくだらねえ話だけして、終わらせるつもりかよ!?

 

 

世話をするのは当たり前なんだよ!俺だって幼い頃、あんたに世話になったじゃねえかよ。家族なんだからそんなことは関係ねえんだよ!だがな、今話してることは別の話だ。お前4年前、何をした?何かをしたから距離が空いたんじゃねえのか!?それをテメエ、話をはぐらかしてヘラヘラして、過去を隠蔽してこのまま部屋を出て、自分の心に手を当てず、目を向けず、このまま終わらせていいんだな!?それで後悔しないな?おい、もうすぐあんたは死ぬぞ!!?もう終わるんだよ人生が。人は死ぬんだよ。死んだらもう終わりだぞ!?自分が取った高圧的な態度、それについて謝罪せずに俺との関係が修復できると思うな!!

 

 

いいか、あんたの人生もさぞかし大変だっただろう。(前述した社長夫人、息子の病気、戦争のことなどを全て話して)、知っている人もたくさん亡くなった。それに、俺に純粋に物事を教えてやろうと思ったところもあるかもしれない。だがな、そのやり方が良くなかった。俺はな、ああいう高圧的な人間は、そもそも『客』として認めてねえんだよ。こっちからそんな奴、願い下げなんだよ。

 

 

俺が何で人の命令を聞けない人間になったと思う?それはな、宗教を強要されたからだよ。俺のまわりのほとんどの家族がキリスト教徒だったじゃねえか。だが俺は違うんだよ。…子供のころは辛かったぜー?『自殺』も考えたよ。お前らだけが被害者だと思うなよ?俺の人格を象ったのは、あんたら家族じゃねえか!クリスチャンなんだろ?集会に出て、聖書読んで、お祈りする時間に自分と向き合う時間は腐るほどあったろ!悪い事をしたのに謝罪できない人間を援護するような宗教なんざ、宗教でも何でもねえだろ!』

 

…そして、祖母はついに固く閉ざした心を開き、私に謝罪をした。そして私はそれに敬意を払い、今後はもう今みたいな偉そうな態度は取らない(暴言は吐かない)し、また以前のような人間関係に戻ることを約束すると同時に、『その代わり、もう二度と一線は超えるな』というある種力づくの契約を交わし、和解したのだった。

 

彼女が、その『傲慢不遜な態度を戒める』、『悪いと思ったらすぐに謝罪をするべき』という決定的な事実から、受け入れなければならない事実から目を逸らさず、直視し、それを受け入れてすぐに謝罪をしていたのなら、祖母と私は、もっと早い段階で和解が出来ていただろう。私はそういう経験を通して、この言葉を捻出したのである。

 

ちなみに祖母はその後母に、『あんなに言ってくれる孫は他にいない。』と漏らしていたようである。私は『力』に屈さず、信念を貫き、真実から目を反らさず、彼女に『本当の親孝行』が出来たことを誇りに思う。彼女は、

 

『『もうすぐ終わる』のではない。『まだ、生きている』のだ。』

 

に書いた様に『生きていてまだやるべきこと』をやれたのだ。

 

 

汚い。醜い。卑怯。

さて、 最後に自分の話だ。ここで私のこの話をするのはいかにも自分を棚に上げた無様なことではあるが、私は以前、『受け入れなければならない事実』を突きつけられ、一夜考えた後、その問題が何であるか、恩師に報告し、『こういうことですか?』として、問うたことがある。それは、『見て見ぬフリをする』という問題だった。

 

何も問題を起こさない、自他ともに認めるような優秀極まりない私の生活態度ゆえ、私に問題などない、という表層がまかり通っていた。しかし、恩師たちの目は鋭かった。彼らの目は節穴ではなかった。

『お前、自分が規範意識が高く、色々と目に付くポテンシャルを持っているのであれば、優秀者を気取っているのであれば、なんであの一件を見て見ぬフリしてんだよ?お前は偽善者だな。醜いな。卑怯だな。汚いな。

 

 

語尾の太字部分は、実際に言われた言葉である。それ以外は、水面下で訴えられたメッセージだった。だから恩師たちは、そのメッセージを私が読み解くことが出来なければ、『こいつにはこの試練を乗り越えることが出来ないから、水準を下げよう』と思っていたのだろう。期待も込められていた。『醜いな。卑怯だな。汚いな。』だけで気が付いて欲しかったのだ。

 

そして滅多に泣くことなどない私は、人目も気にせず泣きわめいた。人生で初めて本気を出し、それが真正面から、信頼している恩師に否定されたからだ。だが、恩師たちの信頼と期待が込められている事実をわずかだが感じていた。そして、その言葉にはきっと意味があると、一夜中考えたのだ。

 

…言いたいことは、こういうことですか?

 

すると恩師はこう言ってくれた。

 

恩師

お前よくたったの一日で気が付けたなあ。お前なら出来ると思っていたよ。

 

そしてその後の私のアクションには多くは口を出すことはなかった。私がその後、その気づけた問題点をどこまでクリアできるかということよりも、そこから目を逸らさず、逃げ出さず、向かい合う勇気を燃やすということを評価したかったのかもしれない。

 

 

受け入れたときに得た確信

今考えると15年前のその頃の私は、恩師たちが私に期待した人間になれはしなかったということが分かる。私は今ですら未熟なのに、今よりもはるかに未熟な17歳のその頃、私がやったことなど、大したことはなかっただろう。だから、私がすぐに自分の非を認めたからといって、私の知性が高く、器が大きいということにはならない。

 

だが、私はこの一件を今でもこうしてハッキリと覚えているのだ。それは私が、恩師の力も借りながら、『受け入れなければならない事実』を『すぐに受け止めた』ことを誇りに思っているからなのだ。

 

私はそういう経験もあって、この部下であっても祖母であっても誰であっても、『受け入れなければならない事実』を受け入れることは、本人の気持ち次第なんだから誰にでも出来ると確信していた。そして同時に、その事実を受け入れることで得られる恩恵の素晴らしさを確信していた。だからこそ部下や祖母にも、それを受け入れさせようとしたのだ。

 

だが、彼らはそれをしなかった。『受け入れなければならない事実』から目を逸らし続け、誤魔化し続け、先延ばしにし続け、時間を無駄にした、あるいは現在進行形で問題から目を逸らし続けているのだ。

 

 

今この瞬間を全力で生きろ

アンドリュー・カーネギーはこう言い、

 

セルバンテスはこう言い、

 

島崎藤村はこう言い、

 

亀井勝一郎はこう言い、

 

そして、ツルゲーネフは言った。

 

問題が大きければ大きいほど、見たくない現実であればあるほど、目を逸らしたくなる理由はよくわかる。あの時すぐに受け入れた私とて、その後の行動は、人に誇れるような内容ではなかった。つまり、完全に向き合えていたわけではなかったのだ。

 

だが、これだけは確信している。明日に先延ばすな。真理から目を逸らすな。そうすれば、今この瞬間を全力で生きるべきだという結論が、導き出されるだろう。

 

アインシュタインは言った。

 

 

関連する『黄金律

『生きるのは過去でも未来でもない。『今』だ。』