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ブッダ(仏典)の言葉

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

 

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ブッダ(仏典)の言葉ブッダ(仏典)の言葉

 

 

『身分相応と、身分不相応という言葉を知ると、人として一気に上に行ける。』

 

カテゴリー:経集260

知っているようで知らないのが、この言葉だ。例えば『知っている』と言ったとしよう。なぜそれを言ったのか、自問してみるといい。

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『いつも心が乱れている様な人とは一緒に居ない方が良い。つまり、自分を過信しないこと。人間を過信しないこと。』

 

カテゴリー:経集259

一見するとこの言葉は、何かこう排他的なような、自分だけが生き延びればいいというような、冷たい人間の印象も持つ。

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『子供への執着は誰にでもあると思う。そして、この世の苦しみも、誰もが味わっていると思う。…ということは』

 

カテゴリー:法句経78

答えはこうだ。『執着は罪』。それをまず絶対原則として理解することが重要である。しかし『執着を捨てる』というと、なにかこう『手放す』ような、『人として間違い』のような、そういう感覚に襲われる人がいるのではないだろうか。とくにこの『子供への執着を捨てる』ということなど、特にそうではないだろうか。

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『食欲は誰にでもあると思う。そして、この世の苦しみも、誰もが味わっていると思う。…ということは』

 

カテゴリー:法句経76

悲観とは、単純に『マイナス思考』ということである。例えば『善いこと』をした。しかし『執着を捨てる』というと、なにかこう『手放す』ような、『損をする』ような、そういう感覚に襲われる人がいるのではないだろうか。とくにこの『食欲を捨てる』ということなど、特にそうではないだろうか。

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『結果に対する欲は誰にでもあると思う。そして、この世の苦しみも、誰もが味わっていると思う。…ということは』

 

カテゴリー:法句経77

答えはこうだ。『執着は罪』。それをまず絶対原則として理解することが重要である。しかし『執着を捨てる』というと、なにかこう『手放す』ような、『損をする』ような、そういう感覚に襲われる人がいるのではないだろうか。とくにこの『結果に対する欲を捨てる』ということなど、特にそうではないだろうか。

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『物欲は誰にでもあると思う。そして、この世の苦しみも、誰もが味わっていると思う。…ということは』

 

カテゴリー:中部経典『無諍分別経』

答えはこうだ。『執着は罪』。それをまず絶対原則として理解することが重要である。

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『自分の内面を見つめようとしない人とは、付き合うべきではない。彼らはまるで、虚ろだ。』

 

カテゴリー:法句経207

内面を見つめる努力をする人には、断固とした揺るぎなさがある。一方その逆で、自分の外面だけを良くしようとしたり、

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『まさか、損な役を買って出て、自分の心の汚れに手を突っ込んでくれた人間を、友人ではないと無下にしてはいないだろうな。』

 

カテゴリー:経集255

損な役を買って出て汚れに向き合ってくれるような、そんな貴重な人間を、無下にしたことはあるだろうか。

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『まさか、間違いを正してもらったことを捏造するような人間が、友人だと思っているわけではあるまい。』

 

カテゴリー:経集120

相手のことを本当に思っていればいるほど、当然、おべんちゃらや媚びへつらいをし、表層的にだけ仲がいいように振る舞うような真似に甘んじることはない。

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『まさか、表面的なことが整っているからといって、彼が人格者だと思っているわけではあるまい。』

 

カテゴリー:経集254

重要なのは表面ではなく、内面である。表面などいくらでも取り繕えるし、着飾れる。だから表面に出ていることなど、着眼点として相応しくない。

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