名言を自分のものにする

広告

 

> > > 16ページ目

 

ブッダ(仏典)の言葉

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

 

10
1112131415161718

ブッダ(仏典)の言葉ブッダ(仏典)の言葉

 

 

『幻に浸りたければ、みんなからの評判に耳を傾けよ。』

 

カテゴリー:経集928

他人からの評価に自分を支配されている人間が実に多い。他人からの批判、他人からの称賛、批判されれば嫌な気持ちになり、称賛されれば浮ついた気持ちになる。

>>続きを見る

 

『勝って奢らず、負けて腐らず。』

 

カテゴリー:経集702

批判されても、称賛されても、自ら鍛え上げた克己心でもって、平常心を忘れてはならない。批判されてくよくよすることがマイナスだということはわかるが、称賛や、尊敬をされていい気になるのも、実はマイナス要因なのだ。

>>続きを見る

 

『平等に考えよう。公正に考えよう。』

 

カテゴリー:経集951

『我他彼此(がたぴし)』とは、物と物とがぶつかり合って慌ただしそうな音を立てるさま。また、その音。あるいは、人間関係や組織の機構などが円滑でないさま、を表す表現である。

>>続きを見る

 

『手柄を捨てろ。手柄に執着することは、愚かである。』

 

カテゴリー:法句経73

このテーマについては、私はまだ偉そうに断言できない。まだ理解に及んでいないのだ。どこまでこれを追及していいか。追求するべきなのかを。『手柄』である。

>>続きを見る

 

『一人前と一流。その溝は、普通の人では見えない。』

 

カテゴリー:経集783

とかく、人間とは自分のしたことを人に認めてもらいたいものだ。これは、『自己承認欲求』として、人間に当たり前のように植えついている、インプットされている本能の為、誰しもがもっている欲求だ。それ自体は、罪でもなんでもない。

>>続きを見る

 

スポンサーリンク

 

『浮ついた自己アピールによって、自分の格を下げるな。』

 

カテゴリー:経集782

『延長自我』とは、聞かれもしないのに自分のことをひけらかし、自分を大きく見せようとする、人間の浅ましい心のことである。『延長』というのは『線から出ている、一線を越えている』という意味。本来の自分の身分を、不相応に超えてしまっているということだ。

>>続きを見る

 

『たとえのこぎりで手足を切断されても、自分を見失うな。』

 

カテゴリー:中部経典『鋸喩経』

これはあまりにも究極的すぎて、ついてこれる人間は少ないだろう。少ないといっても、本当に少ない。いないかもしれない。だがブッダは言っている。

>>続きを見る

 

『自分の中に棲む”負”を負かせ。』

 

カテゴリー:法句経223

誰の心にだって”正”と”負”は混在する。”悪”と”善”が棲みついているのだ。『私の心には悪魔がいる』などという感傷に浸っている場合ではない。全員、いるのだ。そして、『天使』もいる。

>>続きを見る

 

『多くの人は、真に強く、智慧ある人がどういう人か知らない。』

 

カテゴリー:法句経399

本当に智慧のある人、本当に強い人とは、どういう人のことだと思うか。知識や自分の業績をひけらかして、人を支配しようとする人のことだろうか。腕力や権力を縦横無尽にふりかざして、人を支配しようとする人のことだろうか。

>>続きを見る

 

『その”穏やかさ”は、本物か?偽善か?』

 

カテゴリー:中部経典『鋸喩経』

例えば、裕福な家庭に生まれ、温かい家庭にも恵まれたある一人の少年が、とある穏やかな秋の快晴の青空の下で、大好きなペットと遊ぶとき、あるいは最愛の恋人とおしゃべりをするとき、人は、どうして”激昂”できるだろうか。

>>続きを見る

 

 

10
1112131415161718

ブッダ(仏典)の言葉ブッダ(仏典)の言葉

 

 

広告

 

↑ PAGE TOP