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バイロン『艱難は真理に向かう第一歩である。戦争であれ、嵐であれ、女の怒りであれ、艱難を見事に耐え抜いた者は、たとえ18才であろうと80才になっていようと、非常に貴重な体験をしたことになる。』

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ふむ…。

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考察

艱難(かんなん)とは、『困難』とほぼ同意である。更に言うと、『艱難辛苦(かんなんしんく)』という言葉があり、それは『人生でぶつかる困難や試練』という意味である。

 

私は以前、まさに

 

というキリストの言葉の超訳を書いた。その経験を『地獄』と表現するのは、いささか間違った解釈である。『試練』と考えるのが正解だ。『試練』と聞くと、何かこう、ストイックで、真面目で、頑張っている人だけが使うイメージがあるが、とんでもない。例えば目の前で、自分の最愛の妻や幼い子供が、強姦される、あるいはあと一発殴られたら死ぬ、という事態が繰り広げられたらどうだろうか。

 

どうする?まさか、何もしないということにはならないだろう。それをする人間は、もはや家族ではない。夫でもないし、父親でもない。たとえ相手に力でもって対抗することが出来なくても、『葛藤』するはずだ。

 

まずはそれでいい。それが、人間である。それも『試練』だ。つまり、試練の場など、どこでも起きるし、いつ直面するかわからない。そういうことの積み重ねで、人間は人生を、今日も明日も生きていくのである。

 

試練

 

では、『艱難』が『真理に向かう第一歩』というのはどういうことだろうか。まるで、『困難、試練を体験しない人間など、未熟である』と言われているようなものだ。

 

本田宗一郎はこう言い、

 

電力王、、松永安左エ門はこう言っている。

 

さあ、ますます艱難を避けてしまうことが『間違い』だという考えが固まってきた。先ほど、大事な人間が最悪の状況に巻き込まれたことを想像し、何を思っただろうか。自分の無知、無力。そして思慮の浅さである。経験、体験の欠如だ。それはまるで、

 

『人生という大海原を生きているのに、安全な浅瀬だけで遊び、そのくせ、この大海原を理解したつもりでいた。』

 

というような人間に似ている。

 

太宰治は言った。

 

そうか。我々は無意識に『生きながらえていた』のだ。浅瀬で。インチキをして。『自分たちの人生を最優先にして何が悪い』という決まり文句を盾にして。だが、気づいたのだ。いや、思い知ったのだ。『深海』に潜ったことによって。この『海』の何たるかを。それは、艱難辛苦という深い海の底に潜らなければ、一生理解できなかった境地だった。

 

足るを知る

 

 

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