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ヒンズー教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、一番荒っぽい宗教はどれ?宗教は『戦争の火種』なのか

その男『ガンジー』。負の連鎖に立ち向かった男はブッダだけではなかった!

 

上記の記事の続きだ。このようにしてヒンズー教と『カースト制度』はでき、そしてガンジーらが筆頭になってそれを撤廃したが、結局、1950年の撤廃以降も、インド人の根底にはカースト制度は根付いたままになっている。彼らにとってカースト制度はヒンズー教の教えそのものだから、それを失うことは心の混沌を生むのだ。そういう原理主義派はいまだに存在していて、下級層の人権を蹂躙しているのである。

 

ただ、そういうことが起こると国中でデモが起き、結局犯人がひどい目に遭うのが救いだ。彼らの中にも何が真理で、何が誤謬かということが『本当』はよくわかっているということになる。その心の光を道標にしながら、インド人はヒンズー教と向き合い、人生に光を照らしていってほしい。

 

誤謬(ごびゅう)
間違った判断。誤った考え。

 

さて、世界の戦争は、キリスト教徒の強欲が招いたという見解がある。

 

第一次世界大戦 キリスト教徒の植民地への欲望
第二次世界大戦 世界の覇権を巡るキリスト教徒の衝突

 

イスラム教が攻撃的になった理由とは?虐げられたムハンマドの決意

 

また上記の記事に書いたように、キリスト教徒とユダヤ教徒がイスラム教を攻撃している過去がある。

 

625年 ムハンマドの生活した地域
1095年 エルサレム襲撃

 

イスラム教も、ユダヤ人を攻撃し、中東戦争を何度も起こしている。

 

STEP.1
1901年
ユダヤ人はパレスチナの地を購入するための基金を設立。先祖の地へと帰り始める。
STEP.2
1909年
帰ってくるユダヤ人の数が増すと彼らを収容するテルアビブが作られる。
STEP.3
1917年
英国の外相バルフォアは『バルフォア宣言』として、アラブ人に対し、ユダヤ人が国家を建設するのを認めさせるよう宣言する。
STEP.4
1939年
しかし『バルフォア宣言』は破棄され、ユダヤ人もアラブ人も強行突破に出る。
STEP.5
1948年
パレスチナを統治していた英国が手を引く。
STEP.6
1948年5月18日
ユダヤ人はパレスチナにてイスラエルの建国を宣言。
STEP.7
1948年
周辺国はイスラエルの建国を否定し、第一次中東戦争が勃発。
STEP.8
1956年
第二次中東戦争(スエズ戦争)が勃発。
STEP.9
1967年
第三次中東戦争(6日戦争)が勃発。
STEP.10
1973年
第四次中東戦争(10日戦争)が勃発。
『9.11』のテロの原因の一つはユダヤ人?

 

そして、ヒンズー教とイスラム教も大きく対立していた。16世紀、インドを制圧したムガール帝国は、インドをイスラム教の国にしようとしたが、ヒンズー教徒はそれに逆らい、対立が続いた。ムガール帝国はその後滅亡し、今度はイギリスが支配するようになると、ヒンズー教徒側が勢いを上げ、イスラム教徒を強く攻撃するようになった。

 

しかし、冒頭の記事で最後に少し触れたように、1947年に『インド独立の父ガンジー』らの奮闘もあり、インドはイギリスの支配から脱することに成功した。しかし、彼の平和主義、非暴力主義の発想は、当時行われていた『イスラム教VSヒンズー教』の対立を止めたことにより、ヒンズー教徒の一部に誤解されることになる。

 

ガンジー

自分はヒンドゥー教徒であり、イスラム教徒でもあり、また、原始キリスト教という意味ではキリスト教に賛同する。

 

そしてガンジーは凶弾に倒れた。せっかくインドが一つにまとまるきっかけができたのに、国内の宗教問題でこのような大惨事が起き、国の宝とも言える人物を失う。色々なことが重なり、インドはついに『国を分ける』ことを決断する。それが『パキスタン』である。

 

[インド・パキスタン分離独立]

参考 パキスタンWikipedia

 

オレンジがインド、緑がパキスタンだ。パキスタンはこのようにして、左右にできた。『西パキスタン』『東パキスタン』である。このパキスタンにイスラム教徒が住むようになったのである。

 

このようにして、いつでも宗教というのは人を争わせる火種となる。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、ヒンズー教、正直、そのどれもが荒々しい一面を持っていて、『必死』である。

 

キリスト教は常に率先して拡大の過程で攻撃する。

 

ユダヤ教もその推進力の強さから常に対立をしてきた。

なぜユダヤ人はいつでもどこかと問題を起こしているのか?

 

イスラム教も『聖戦』を盾にしたテロリストのイメージが強い。

イスラム教が攻撃的になった理由とは?虐げられたムハンマドの決意

 

そしてヒンズー教もこうして争いを続ける。カースト制度による差別的な人への侮辱もあまりにもひどい。

世界最古の宗教『ヒンズー教』の誕生と、最悪の負の連鎖『カースト制度』の始まり

 

では、宗教というのは『戦争の火種』なのだろうか。その答えは、先ほどのニーチェの言葉もさることながら、フランスの小説家、プレヴォが言ったこの言葉がすべてを語っているだろう。

 

そして彼らが下の図式を理解していれば、争いは起こすことはなかっただろう。

 

『世界平和の実現に必要なのは『真理=愛=神』の図式への理解だ。』 『真理(愛・神)から逸れれば逸れるほど虚無に近づく。』

 

『ソクラテス・イエス・ブッダ 三賢人の言葉、そして生涯』にはこうある。

私は現ダライ・ラマ14世、テンジン・ギャツォに十数回あったことがあるが、今までにいかなる人にも、彼ほどの慈悲の力を感じたことは無い。(中略)2001年、インドのダライ・ラマの住まいで、チベット人のリーダーであるダライ・ラマと、幼い息子を連れた一人のイギリス人との出会いを目撃した。イギリス人の妻は悲惨な状況で亡くなったばかりであった。この男の話を聞いたダライ・ラマは立ち上がり、彼と息子を抱きしめながら、二人とともに長い間泣いていた。

 

そしてイギリス人がキリスト教に長い間失望してきたので仏教徒になったと話すと、ダライ・ラマは自分の持っている、ギリシャ正教のキリストと聖母マリアの見事なイコン(絵画のようなもの)を取ってこさせた。それを男に渡し、こう言った。

ブッダは私の道で、イエスはあなたの道です。』

 

男は非常に感動し、キリスト教信仰の道を再び見出した、と私に語った。この出会いには、写真もビデオ撮影もなかった。

 

ガンジーやダライ・ラマのような人間もいる。彼らは真理が何かを理解している。

 

 

これでヒンズー教の話は終わりだ。次は仏教である。

 

 

 

 

 

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