『ヒト』を最適化しよう。(リニューアル中です…。)

その男『ガンジー』。負の連鎖に立ち向かった男はブッダだけではなかった!

世界最古の宗教『ヒンズー教』の誕生と、最悪の負の連鎖『カースト制度』の始まり

 

上記の記事の続きだ。このようにしてアーリア人の侵攻によりインドにヴェーダ教が加わり、バラモン教となって、『ヒンズー教』が生まれた。しかし同時に生まれたのが最悪の負の連鎖『カースト制度』だった。

 

出典:http://lucky2zacky.jugem.jp/?eid=813

 

上から順に、

 

  1. 司祭
  2. 王族
  3. 平民
  4. 奴隷
  5. 奴隷でもない人

 

である。(バラモンクシャトリヤヴァイシャシュードラハリジャン)。このカースト制度の考え方は、『現世で善い行いをしたら、上の階級に行ける』というものだ。つまり、クシャトリヤだった者は、バラモンへ、ヴァイシャだった者は、クシャトリヤへ一つ階級が上がるのである。このような考え方のメリットとデメリットをまとめてみよう。

 

カースト制度のメリットデメリット

メリット 人々が修行と善行に勤しむ
デメリット 生まれた身分を受け入れなければならない

 

メリットについては確かにいいかもしれない。だが、それはデメリットのことがなければの話だ。記事を見返せばわかるように、このような階級制度が作られたのは、そもそもインドを制圧したアーリア人が、自分たちを『支配者』だとわからせるためだった。そして最初、そこに住んでいた『ドラビダ人』は、『平民』となったわけだ。

 

最初にあった階級制度

アーリア人 クシャトリヤ(王族)
ドラビダ人 ヴァイシャ(平民)

 

つまり、このような階級があること自体がおかしい。何もしていないドラビダ人は勝手に『暴君』たちに支配され、そして奴隷のような扱いを受けるようになった。事実、ドラビダ人たちは後に平民からランクが下がり、奴隷(シュードラ)へと落とされるわけだ。つまり、カースト制度というのは、最初に支配して上の階級を取ったアーリア人たちが、子々孫々と、永遠に上の階級に君臨するために作られた、『シナリオ』なのである。

 

お前が奴隷なのは、前世の行いが悪いからだ!善行と修行を積み、来世で階級が上がるよう努力しろ!
わかりました!

 

下の階級に生まれた者は、上の階級にそう言われてしまうと、何も言い返せなくなる。

 

前世の行いが悪いんだ。来世でいい暮らしができるように、現世で修行するべきだ。

 

このような考え方があると、現世で強いられる苦しい人生を受け入れなければならなくなってくる。上の階級に生まれた者の子孫たちは、生まれてすぐにその身分となる。もちろん、前世で何をしたとかそういう記憶が彼らにあるわけもないのだ。

 

MEMO
前世の記憶があると話をする人がいる。有名な話である。だが、『なぜそういう人がインドに多いのか?』という疑問が頭をよぎることになる。まるで、日本の子供が『幽霊や妖怪を見る』ような現象に似たことが起きている可能性も否定できない。

 

ヒンズー教の2大思想

業(カルマ) 自分のやったことの責任を負うべきという考え。
輪廻(りんね) 死んでも生まれ変わる考え。つまり終わりがない。

 

ヒンズー教徒は、輪廻の考え方を軸にして、自分のカルマに責任を持つべきだという考えを強いられるのである。そして冒頭の記事にも貼ったこういう事件が起きる。身分の低い人間が、上の人間にその命を侮辱されるのだ。

 

参考 インド8歳児、「集団レイプ」の酷すぎる理由 The New York Times | 東洋経済オンライン

 

しかし1948年(1950年という話も)、このカースト制度がついに廃止される動きを見せる。その立役者となった男こそ、マハトマ・ガンジーその人である。

 

 

ガンジーは特にこの『奴隷でもないもの(ハリジャン)』を『神の子』と呼び、差別をしないよう主張した。ガンジーはたちまち人々の支持を得て、『マハトマ(偉大な魂)』という尊称を得た。この名前はインドの詩聖タゴールから贈られた。

 

しかし、彼の平和主義、非暴力主義の発想は、当時行われていた『イスラム教VSヒンズー教』の対立を止めたことにより、ヒンズー教徒の一部に誤解されることになる。確かにガンジーは、

 

ガンジー

自分はヒンドゥー教徒であり、イスラム教徒でもあり、また、原始キリスト教という意味ではキリスト教に賛同する。

 

という発言をしていて、そうした思想を敵視する人間を招いた。

 

あの野郎、イスラム側かよ!

 

そしてガンジーは1948年1月30日、ヒンズー原理主義団体のナートゥーラーム・ゴードセーに銃で撃たれてこの世を去った。

 

 

実は、ガンジーは『奴隷でもない者』を救おうとしてカーストをなくそうとした、という意見もあるが、違う文献には『カースト制度そのものはヒンドゥー教の根本的な制度として認めていた』という意見もある。その文献によればガンジーにとってカースト制度は『分離されているが平等』なのである。

 

このような『カースト制度は容認しても、カーストによる社会的差別に反対する』という考え方は当時はよく見られたようだ。結果として差別をなくそうとしたことは事実なので、『カースト制度を否定した人間』という印象がついたのかもしれない。

 

ただ、『世界の宗教;ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・ヒンズー教・仏教・儒教・その他 (教養マンガ1)』にはこうある。

数千年信じられた宗教がなくなるということは、インド人にとっては世界の終末に等しい。人生は虚しくなるほかない。ヒンズー教はなくならなかったし、カースト制度も続いた。

 

こうしたインド人の渦中にあって、カースト制度自体を廃止するというアクションまでは、さすがに『いきなりすぎる』と考えたのかもしれない。だから例えばガンジーがまだ生きていたとしたら、その時よりももっとインド人を光のある方向へ、導いていたのかもしれない。つまり、時間をかけて彼らの思想を少しずつ『更新』していき、最終的には完全に闇を一掃しようとしていたかもしれない。

 

ガンジーが撃たれたときについて、こういう話がある。

3発のピストルの弾丸を撃ち込まれたとき、ガンジーは自らの額に手を当てた。これはイスラム教で「あなたを許す」という意味の動作だった。

 

いずれにせよ、彼は闇に光を当てようとした偉大な人物だった。目の前に広がっている『どう考えてもおかしい現状』を改善しようと立ち上がった、革命家であり、指導者であり、リーダーだったのである。

 

 

MEMO
『インド独立の父』と呼ばれたガンジーは、イギリスがインドを植民地として、差別を行っていたことに対して抵抗した。それはまた次の機会に書こう。今回はあくまでもヒンズー教とカースト制度に対する、ガンジーの立ち居振る舞いをまとめた。

 

年表で見る人類の歴史と映画一覧[宇宙誕生~紀元前2500年編]