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ヘルマン・ヘッセ『僕は、僕の内部からひとりでに出てこようとするものだけを、生きてみようとしたにすぎない。それがなぜ、あれほど難しかったのだろうか。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

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考察

自分の人生を生きることはどういうことだろうか。毎日をこの自分の肉体を使って行動すれば、それは自分の人生を生きていることになるのだろうか。だとすると、『自分の肉体で人を殺しても』いいわけだ。それも立派な自分の人生だと。『無辜な子供に理不尽な暴行を働いても』いいわけだ。それをしても立派に自分の人生を謳歌していると。

 

そんなわけがないだろう。

 

ルソーは言った。

 

そこに『人間』はいない。いるのは『生息している生物』だ。つまり呼吸くらいはしている。だが、それは『人生を生きている』ということにはならない。御木徳近は言った。

 

『人生』とは、『称号』である。どんな道を歩くことも自由に決められているこの命の日数の中で、その発達した『理性』で『確かな道』を見極め、その道を歩き貫いた、勇気ある生命の一生を称える、称号である。

 

イギリスの小説家、エドワード.F.ベンソンは言った。

 

自分の人生を最大限に尊重する生き方とは、『同調』や『追従』ではない。そういう『反応的』な人生ではない。その逆だ。『主体的』だ。他人はおろか、自分の内から怒涛の様に湧き上がるその衝動に突き動かされ、なすがままになり、支配された人間など、およそ『支配した生命に与えられる人生という称号』には、ほど遠い。

 

かつて、私もそういう衝動的な人間だった。自分の私利私欲や、本能に突き動かされるままに生きて見せることが、自分の人生を素直に生きているということだと思っていた時期があった。しかし、その道で人の道を踏み外した。

 

私は悟った。人生には確かに、目には見えなくても『道』がある。そして、それを踏み外すと『道の外』、つまり『外道』に成り下がり、悔いを残す。『道の上』を歩くと、実に清々しい気分で人生を生き貫くことが出来る。

 

例えば、日本文芸社『脳とカラダの不思議』にはこうある。

一般の動物は、育てやすい季節に出産を行えるように発情期というものが脳の中にプログラミングされているが人間の場合はいつでもセックスが可能だ。これは、脳の中の大脳皮質が深く関係している。生殖に関するメカニズムを担っているのは脳幹にある視床下部であるが、人間の場合は大脳皮質の前頭連合野も性行動に深く関係している。もし、視床下部だけに性行動が支配されているとしたら、人はひたすら欲望の赴くままにセックスを求めて、社会的な秩序はあっという間に崩壊してしまう。

 

つまり人間は、『衝動の成すがままにされていたら破綻する』のである。私利私欲があるのはいい。脳でふらちなことを考えるのはいい。それは自然だ。自然現象だ。だからいいが、その私利私欲や衝動を抑えることが出来ず、逆に支配されてしまい、挙句の果てには後悔を生む結果を巻き起こしてしまうのであれば、それは『道の上』を歩いていない証拠だ。つまり、『人生』を生きているとは言えないのかもしれない。

 

まずは、この理屈を理解することがひどく重要である。道の外を歩くと、外道になる。道の上を歩く者だけが、人生を生きていることになるのだ。

 

 

 

MEMO

※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

 

 

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