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ドストエフスキー『苦痛と恐怖を征服した人間が、神となるのです。』

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ふむ…。

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考察

『苦痛と恐怖を征服した人間が、神となるのです。そのときにこそ新しい生がはじまる。新しい人間が生まれる。すべてが新しくなるのです。』

 

まずは『神』という『日本語』についての正確な解釈からだ。そもそも、『苦痛と恐怖を征服した人間』なら、多くはないが、しかし、皆無ではないだろう。だとしたら、結構な人数の『神』がいることになってしまう。

 

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教では、唯一神(ゴッド、アラー、ヤハウェ)のはずだ。仏教ではブッダ、その他の宗教にも様々な神がいるが、しかしドストエフスキーの言葉を短絡的に解釈すると、(神って結構いるんだな)ということになってしまい、神の価値も廃れていく印象を受ける。

 

いるかいないかわからず、厳かで、崇高な存在が神であるなら、多くの人間の常識の範囲内だ。だが、そうではなく、『苦痛と恐怖を征服した人間』なら皆、神になれると言う。

 

だが、もしこの『神』の正体が、『真理、愛』という言葉と=であり、同じ意味で、その共通するものが『とにかく、人間ではないもの』、あるいは、『絶対不変としてそこにあるもの』であれば、確かに、『苦痛と恐怖を征服した人間』は『人間ではない境地』に近いことになり、人間ではないなら、『神寄り』の境地にいる、ということはうなづける話である。

 

また、その後に続く言葉が重要で、

そのときにこそ新しい生がはじまる。新しい人間が生まれる。すべてが新しくなるのです。』

 

やはりこう見ると、『一度死んで、甦る』といったイメージが浮かび上がり、だとしたらやはりそこにあるのは『人間ではないもの』であり、『神寄り』ということになる。

 

しかし、注目したいのは『新しい人間が生まれる』と言っているわけで、それならばこれはやっぱり『人間でも神になれる』ということになる。人間。だが、神寄りの人間。それは、苦痛と恐怖を征服した人間。それはつまり、

 

ブッダが、

ブッダ

 

 

と言った事実について、淡々と理解できる人間のことなのである事実、ブッダ(釈迦)自身が『それに対して、『いやだ!』 と心に怒りすなわち反発心が生まれるならば、君は私の生徒ではなくなってしまう私の生徒であろうとする以上は、誰に何をされても怒らないように。』

 

と言っているわけだから、間違いないのである。仏教では『神』というよりは『ブッダ(悟りを開いた者)』と呼ぶが、神だろうがブッダだろうが、そんな名称などは一切関係なく、重要なのは、その境地である。

 

『甦る』という字は、離すと『更生する』と書き、更に離すと『更に生きる』と書く。

 

ルソーは言った。

 

 

 

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