『ヒト』を最適化しよう。(リニューアル中です…。)

ガンジー『私にはクリスマスのお祭り騒ぎが以前からどうしても受け入れられない。それはイエスの生涯や教えに全くそぐわないように思える。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

真理の探究の為に人生を生き貫いたガンジー。彼がヒンズー教徒だとか、仏教徒だとか、聖書を読んだとかそういうことは関係ない。真理の探究をしようと思う人間の目は、鋭いということだ。この発言に私は、大いに共感する。私も両親や祖母がクリスチャンなのだ。だが、私はクリスチャンではないのである。

 

これが大変だった。

 

クリスチャン

 

同じような境遇にある人は大勢いるだろう。私もその一人で、そしてそれについての葛藤は、未だに続いている。これは、一生続くのだ。まず、教会に行かなければ力づくでもって怒鳴られた。それらの言うことを聞かないと『反抗期』と言われ、何も信じる指針が無くなって家を飛び出すと、もう何から何まで、全ての責任を私が負うことになってしまった。私が逃げれば逃げるほど、『北風』で持って私の衣服を脱がそうとする両親。ひどいのは、彼らがその行動を『太陽』だと思っていたということだった。だが、それは『北風』だったのだ。

 

それからしばらく『北風と太陽』は続いた。クリスマスに対する気持ちも、人と同じではない。クリスマスは、私が『反抗』するキリスト教の礎、イエス・キリスト降誕の日。私はそれからしばらく、クリスマスに友人や恋人と祝うことに対する、自分の気持ちの矛盾に対する気持ちの整理がつかなかった。クリスマスだけではない。お参りもそうだ。葬式も、墓参りもそう。私は周囲の友人達や世間一般が、何も考えずにその行事を行うのを横目に、

 

俺はクリスチャンじゃないからクリスマスを祝う資格はない。仏教徒でもないから、お参りも、葬式も、墓参りもそうだ。全ての神的行事を俺は、軽々しくやってはいけないはずなんだ。

 

そう思って生きてきた。そしてそれは生きている限り続く、葛藤なのである。

 

そんなとき、孔子のこの言葉に出会った。

 

そしてブッダですら、

『個人(私)を崇拝するな』

 

と言っていたというではないか。人間とはなんと愚かな生き物だろうか。そして奇しくも、宗教を人一倍嫌っていた私が一番、『本当の宗教』を重んじていたのだ。

 

父は亡くなったが、今、母は、私に対して宗教の強要をしてこない。いや、つい一年前まであったのだ。それを打破したのは、まぎれもなくこの私だ。母の名誉のために言っておくが、母に悪気などない。『太陽』だと思っていたからだ。だが、私が長らく溜めていた宗教に対する真の教えについて話をすると、はじめこそ、

 

あなたは、真理の追究をする自分が正しいと思ってるの?

 

などという感情に身を任せた愚かな発言こそあったが、私の意志が断固として固いということを知ると、そのあとすぐにその発言についての軽率さを思い知り、今では一切昔のように強要することは無くなった。自分が20年以上もの間『北風』だったという事実を、これから時間をかけて少しずつ少しずつ、飲み込んでいくのだ。それでいい。私は彼女の存在を、恨んでいるわけではないのだ。たった一度の人生に、悔いを残してほしくないだけなのだ。彼女はクリスチャン。私とは違い、迷い、さまよえる子羊なのだ。彼ら、彼女らに完璧を求めてはならない。求めては、ならないのだ。

 

子羊

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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