名言を自分のものにする

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チェーザレ・ボルジア『私は生きているときに、死以外のあらゆるものに対して備えをしていた。今、私は死なねばならぬ。そして、まだなんの備えもない。』

チェーザレ・ボルジア


イタリア軍人 チェーザレ・ボルジア画像


しかしこれはレオナルド・ダヴィンチに言わせれば、

『このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。』

 

ということであり、『生き方』を追及しているつもりが、実はそれは『死に方』だったということがある。だとしたらチェーザレ・ボルジアは『勘違い』しているだけだ。

 

しかし、もし彼が『自分は死なない』、あるいは『死ぬだろうが、私に限ってはそれが無いかもしれない』と思っていたのであれば、それも『勘違い』だ。とにかく『勘違い』しないことが、彼の悩みを解決するカギである。

 

しかしこういう考え方もある。例えば彼が、その高い身分から推測するに、金銀財宝といった『この世で役に立つもの』をたくさん所有していた。地位も名誉もそうだ。大きなお城や、屈強な兵隊たちもそうかもしれない。

 

ダイヤ

 

しかし、それらは全て『この世をなるべくスムーズかつ豪華絢爛に生きていくための手段』であり、準備だった。死んだら全てそれらはこの世に置いていかなければならない。

 

だとしたらとても虚しい。『死んだら全てが無駄になる』ことを、もし本当にその直前に理解したのなら、今まで積み重ねてきた努力や、舐めてきた辛酸、それらのことを考えるだけで、絶望的なショックを思い知ることになるだろう。

 

だが、ネガティブに考える必要はない。『だからこそ』彼はそこまでの地位を築き上げることが出来たのかもしれない。

 

私のような完璧主義者は、

(どうせ積み上げても最後に死ぬんなら、最初から積み上げたって無駄だ)

 

として、どこかにブレーキがかかってしまうものである。

 

いいんだ。ポジティブに考えれば。

 

足るを知るは富む。足るを知らぬは貧しい。

 

ということである。

 

 

 

※この文章は全てオーナー独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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著者:一瀬雄治(Yuji ichise.)

 

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