『ヒト』を最適化しよう。

『鈍感でなければ出来ないこと、敏感でなければ出来ないことがあるのだ。』

意味

平塚らいてうのこの記事で、

 

女が虚ろで神秘的なのは、この世が虚ろで神秘的だからだ。男は鈍感である。

 

ということを書いた。例えばこのように男女で分別するのであれば、その他にも、

『男は組織を作り、女は時代を作る。』

 

などという言葉もあるわけだ。その様にして考えると、確かにこれらはその通りで、しかも私が書いたその言葉と、その組織と時代の言葉は、密接につながっている。

 

『女は敏感だから時代を作れる』のだ。なぜなら、時代というものは『流行』だからである。流行に敏感なのは確かに男よりも女の方であるという印象がある。例えば女の化粧を20年ほどの時間で見ていても、時代によって彼女らの化粧の仕方は全く違う。だが、その時代だけで見ると、常に彼女らは横並びしているのだ。

 

これは間違いなく、彼女ら女性が流行に敏感であるということを意味していて、その波をキャッチする能力に長けているということの証拠なのである。それと同時に、敏感なゆえ、女性の間ではその『流行の波』があまりにもよく目に見えるので、それを見て見ぬフリが出来ない。また、それに乗り遅れることで周りにいる人間に馬鹿にされることを恐れ、必死にしがみつき、執着しているようにも見える。

 

 

犬が青と黄色しか色別出来ない様に、人間の男女も、それぞれに特徴がある。人間の女性は、男よりもはるかに色が鮮やかに見える、という特性を持っているのだ。女性が華やかな色が好きであり、キラキラしたものに吸い寄せられるのは、こうした事実があるからなのである。

 

つまり、あまりにもよく目に見えるので、それを見て見ぬフリが出来ないと書いたが、女性というものは間違いなく犬よりも人間の男性よりも、何らかの感覚が『敏感』なのだ。『女の直感』とか、『女の第6感』というものも、こうした、ある敏感な感覚の存在が影響しているのである。

 

したがって、女は男に向かって『本当、男って馬鹿ね』と揶揄してはならない。それは例えば人間が、犬に向かって『馬鹿犬め』と言うのと同じなのだ。それぞれにはそれぞれの特性や特徴というものがある。それがゆえに象られた人格であり、立ち居振る舞いなのだ。それらの事情をよく考えてから正当に評価しなければならない。敏感な女性にしかできないことがある。鈍感な男性にしかできないことがある。それぞれが、それぞれに適したことを行えばいいのだ。

 

人間の男の中にだって、敏感かつ繊細で、人一倍苦しみ、悩み、傷つく人はいるだろう。

 

ドストエフスキーは言った。

 

それでもいいのだ。そういう人にしか出来ないことが、この世にはあるのだから。

 

 

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