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ソクラテス『指導者とは、自己を売って、正義を買った人間だ。』

古代ギリシャ哲学者 ソクラテス画像

内省

指導者というものは、『使命』を背負っている。指導者いかんによって、対象者の人生が大きく変わるからだ。例えば、私の人生でも、

 

  • 間違った指導者
  • 当たり障りない指導者
  • 本物の指導者

 

がいた。

 

間違った指導者は、まるで自分のことしか考えていない。自分のエゴを押し付け、自分を棚に上げ、正当化している。 力でねじ伏せ、真実を歪曲することもいとわない。こういう人間は、もはや『指導者』ではない。『指導者』を語る資格もない。いうなれば彼らは、単なる『反面教師』である。

 

当たり障りない指導者は、無難な選択肢を取る。『理念』がないのだ。『信念』がない。お金の為、体裁の為、実に幾多の言い訳を抱えながら、今日も明日も、無難に『職』をこなす。『理念、信念』がない指導者が成せることは小さい。越えられる試練の壁も低い。もちろん、救える対象者の幅も狭い。だとしたら彼らは、まだ弱い。『指導者』として語るには、底が浅い。

 

それに比べて、本物の指導者は一味もふた味も違う。私の恩師の一人には、問題児のことを考えすぎて、頭の髪が抜け落ち、それでもそのことについて一切弱音を吐かず、毅然とした態度で指導を続ける人がいた。彼らは、その職務に理念を見出していて、それを全うするためには、自己の犠牲をいとわない。こういう人が本来の『指導者』である。決して我(エゴ)を押し付けない。対象者をまるで自分のことのように考え、悩み、苦しみ、苦楽を分かち合う。

 

つまり、人の為にどれだけ自分を犠牲に出来るか、そういう犠牲心、没我心の上に成り立つ人間こそ、真の指導者なのだ。

 

 

注意

※これらの言葉は参考文献『これならわかるソクラテスの言葉』や史実に基づき、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

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