『ヒト』を最適化しよう。

本田圭佑『『何か物足りない』と思ったら、自分のことを知らない環境に飛び込んで行ってほしいと思う。』

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ふむ…。

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考察

『ライバルに差をつけたいのなら、環境を変えてほしい。なんだかんだ言っても一度ぬるま湯に浸かってしまうと、なかなか抜け出せない。だから、『何か物足りない』と思ったら、自分のことを知らない環境に飛び込んで行ってほしいと思う。』

 

私も人生を生きるにあたって、常にそういうことは意識している。例えば25歳の時、私は中学時代から続いていた悪友たちに小冊子を作って渡し、『このままでいいのか』、『どうしていくべきか』というテーマについて、考えさせた。血気盛んな少年時代を共に過ごした彼らは、その私のあまりにも突拍子もない行動に、ただひたすら混乱しているだけだったようだが、いや、心底では理解していたはずだ。

 

しかし、それをすぐに理解して行動に移せるほど素直だったなら、彼らは『悪友』などではなく、『真友』だった。私はもちろん、気のしれた彼らと一生を共にしていいと思っていたが、同じくらい、目の潰れない事実が存在していたということなのだ。

 

例えば私がもし子供を産んだら、彼らと共に過ごしたいかどうか自問した。しかしその答えは、(いや、それは出来ない)というものだった。彼らと酒を飲んだり、海へ行ったりして刹那的に過ごすことは楽しかったが、しかし、そこに自分の子供を連れていけるかどうかを考えた時、その答えは『No』だったのだ。

 

だが、そこに子供を連れていける人間もいるわけだ。それなのに、それを拒絶してしまっている自分がいた。だとすると、今自分の身の回りにある環境を、私は、本当は、望んでいないということだったのである。本当は、もっと違う環境で生きていきたかった。しかしおそらく、その理念や哲学を伝えると、悪友たちはついてこれない。それはつまり、彼らとの決別を意味していた。

 

自分は家族に不和があったから、彼らと決別してしまうのは、嫌だと思っていた。しかし、人生を生きていると、必ずいつか結論を出さなければならない日がやってくる。それが、その25歳の時だったということなのである。

 

私が長く付き合った彼らと別れる道を選んだのは、『自分の人生を変えたかった』からだ。『正当な評価を受けていない』という理由もあった。しかしどちらにせよ私は、行動しなければならなかったのだ。そうしなければ、この一生に悔いを残すと思った。この、たった一度しかない人生に、悔いを残すのは嫌だった。

 

それは、早くに父親を亡くして、『人生はいずれ必ず絶対に終わる』ということを、強く自覚していた私にとって、自然な行動だった。

 

ジャン・パウルは言った。

 

 

 

 

MEMO
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運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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