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ブッダ『家族思いになれる人生は、最高の人生だ。』(超訳)

仏教の開祖 釈迦画像

内省

つい先日いたたまれない殺人事件が起きた。同級生を無残なやり方で殺害したというのだ。 彼女が息をした環境がどういうものかは、今まさにこの瞬間も、慎重に調査が行われているところだ。 だが、興味深いのは、

 

『彼女の家族は傍から見て、とても仲良しに見えた。』

 

というところだ。スポーツ大会に出て親子で出ていて仲が良かったと。周囲の人間はそう言い、あるいはパッと取材した記者がその記事を書いたときには、確かに『そういう実態』が頭にスッと入ってきて、常識的にすぐに理解できたのだろう。だがそうなると、こういう疑問にすぐにぶつかることになる。

 

(だったら、なぜこんなことが起きてしまったのか)

 

そう考えると、先ほどの『仲が良かった』という話は、信憑性が無い。それを裏打ちするかのように、その2日後、新事実が発覚した。 彼女の母親が去年病気で亡くなり、父親は再婚を熱望していて、それにはらわたが煮えくり返った彼女が、父親の寝ている間に、金属バットで頭を数発殴りつけ、頭がい骨を陥没させて入院するという、凶暴な事件が起きていたというのだ。普通、仲が本当に良ければこういうことにはならない。だが、『表面的に仲が良く見せかけていた』のであれば、こういうことは起きる。

 

今日のブッダの言葉では、『家族を大事にする』というものがキーワードだったわけだが、この時期にこのテーマで記事を書くのであれば、この事件の内容に触れないわけにはいかなかった。もちろん、どちらにせよこのタイトルのテーマはぶれない。ブッダの言う通り、

 

『家族思いになれる人生は、最高の人生だ』

 

ということは、間違いないのである。しかし、彼女の人生、そして当然被害者、その遺族にとって、この言葉は響くのだろうか。 いやもちろん、響く、響かない関係なく、この言葉は真理だ。しかし、こういうことが起きてしまったのである。いやもちろん、『真理から逸れた』からこそ、こういうことが起きたのだ。

 

だからこれは教訓である。人は、道を逸れようと思えばどこまでも逸れてしまう。 だからこそ、人の道がどんな道かを説く、宗教の存在は尊い。(私は無宗教だ) 遺族のことを考えるのは当然だ。当然この事件の遺族は、今後、考えられる最大の扱いを受けなければならない。

 

だが、私は加害者のことを書きたい。私もその年齢のとき、家族がバラバラだった。親は宗教を押し付け、依存していた兄との間にも、深い溝があった。歳の離れた妹だけには迷惑をかけないようにしていたが、 後のことは別に、どうなろうと関係なかった。なぜなら、先に理不尽を仕掛けてきたのは、年上である、相手だったからだ。 (だから妹だけには私は何も迷惑をかけないようにしていた)

 

今、このキーを叩く左手の腕をパッと見ると、中学生の頃、カッターで切り付けてその傷に墨汁を入れて自作した、『hide』という入れ墨の跡が残っているのが見える。 今はもう、ほくろ程度にしか見えず、文字の原形はないのだが、これを見ると思い出すのだ。

 

あの頃は、別に何がどうなっても関係なかった『hide』はX japanのギタリストだ。ちょうどその時、彼が亡くなったのだ。 彼のことを忘れないようにしたというわけではない。彼のことを知ったのは、むしろ亡くなってからだ。しかし何かこう、あの頃は普通に人生を生きているのがバカバカしかったのだ。

 

 

髪の毛をピンク色に染め、迷彩服を着て化粧をし、過激なパフォーマンスをする。 タブーというタブーを堂々と破って、未だその死の真相の実態は明らかにされていないが、当時の私の目には、彼が自分の人生を支配して生き貫いた、カリスマに見えたのだ。

 

家族の気持ちがバラバラだと、この世を生きていくことがバカバカしくなったり、どう生きていこうかわからなくなってしまうのだ。何か道を決めたとしても、そのあと、その家族とは永久に家族のまま。何かがあれば、家族として同行しなければならないし、一生、家族であることを強制される。子供の頃、そういう『絆』に『束縛』、あるいは『呪縛』の様なイメージを強く抱く人間の気持ちを、私はよく理解しているつもりだ。

 

彼女がやったことは許されない。だが、彼女が強いられていた環境に、私は同情する。(もちろん、被害者、遺族へ向けられる気持ちは、これとは異次元のものでなければならない。)

 

過激なやり方で黒人の奴隷解放運動を指揮したマルコムXは言った。

 

もちろん、この事件とマルコムXの事件はまるで違う。だが、人間の人格が捻じ曲がる理由とは、一体なんだろうか。

 

 

 

注意
※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、運営者が独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

参照文献

仏典
経集262,263。

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