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ブッダ『優越感と劣等感。この二つは、本当に必要か?自問せよ。』


ブッダの言葉


仏教の開祖 釈迦(画像

 

人と比べて『優越感』に浸る。人と比べて『劣等感』に陥る。この二つは本当に、人として絶対に必須なのかどうか、自問せよ。もし『絶対に必須』ではないのであれば、なぜそれに支配されてしまっているのかも、自問せよ。

 

『人を殺してはいけないことは、人として絶対に必須』のはずで、人は皆それを頑なに守ろうとしているのに、なぜこの感情を支配することが出来ないのか。それは、『自分に返ってくる罪の重さ』を基準にしているのだろうか。

 

『人を殺める』ことと、『自惚れたり、落ち込む』ことは、同一ではない。なぜなら、『罪の重さ』が違うから、自分が苛まれる『負荷の大きさ』が違うから。

 

そう考えているのだろうか。そう考える人が多いだろう。

 

人生とは、『利己的』にならないように気を付けなければならない。『自分、自分』にならないようにすること。『自分が嫌な思いをするから』とか、『罪の重さが違うから』ではなく、『人としてそれは絶対に必須なのかどうか』ということを基準にするのだ。

 

人は、『人を殺める』ことと、『害虫を駆除する』ことを、等しく考えない。これは『利己的』だろうか、それとも、『必須事項』なのだろうか。

 

害虫をそのまま放っておけば、人の暮らしに甚大な被害を与える。大量に発生したイナゴは膨大な量の稲を食べつくし、台所や腐敗した物に発生するあらゆる害虫は、異臭を放ち、衛生面を劣化させ、人間の体調を壊して、病気にさせ、あるいは家庭、隣人、職場、友人といった、周囲の人々に悪い影響を与える。

 

我々人間が、『害虫』を駆除すること、そしてなるべくその『害虫』を発生させないように日々対策やメンテナンスに努めることは、『人として生きていくために、絶対に必須』だ。そう考えている人は、圧倒的に多いだろう。世の中の9割以上の人が、そう考えているはずだ。

 

では、『人を殺める』ことはどうだろうか。『人』とは、どういう人間のことを言うのだろうか。無差別に銃を乱射して、無関係の罪のない人々を殺害し、『派手に終わらせてやるよ』という遺書を残して、自殺する。こういう人間が海外には何人もいるが、彼らは『人』なのだろうか。それとも『人に危害を加える、害虫(人)』なのだろうか。彼らのような人間と直面したとき、警察も含めた人間は、彼を、どのように扱えばいいのだろうか。

 

『人』として扱って時間をかけて慎重に接したら、無関係の多くの人を殺し、自殺された。初めから『害虫』と決めつけてすぐに射殺すれば、死ぬのは彼一人で済むが、それでは倫理的に、捻じ曲がった印象も受ける。

 

人は、何を基準にして生きていけばいいのだろうか。そういうことを考えたとき、今回のような『基準』は、きっと役に立つだろう。

 

殺めて自殺したその犯人も、殺められた無関係な人々も、犯人とどう向き合うか葛藤した警官も、事件後に解説するコメンテーターも、『人としてそれ(今からやる行為)は絶対に必須なのかどうか』を熟考し、それを基準にして生きていれば、現れなかった人間たちである。

 

どこかでその基準をはき違え、捻じ曲がってしまったから起きた、悲劇なのだ。我々人間は、こういうことを年中経験しては、嫌な思いを強いられている。

 

これは人として、本当に在るべき姿なのだろうか。そして最初は、発端はどこからなのだろうか。それは、あまりにもちっぽけな日常のことからだ。それらの歪曲した感情が矯正されず、軌道修正されることなく膨張し、臨界点に達したとき、悲劇は起こるのだ。

 

優越感に浸り、劣等感に陥る。これらについて、これを聞いてもまだ、『罪が軽い』と見下し、支配することが出来ないか。それとも、『やるべきじゃない』『人としてあるべき姿ではない』という考えに至り、『延長線上にある悲劇』を想像できるか。内省する価値があるはずだ。

 

 

参照:経集829

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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