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『クォ・ヴァディス』 レビュー(感想)と考察

『クォ・ヴァディス』

ポスター画像出典:『ウィキペディア(Wikipedia)

 

 

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クォ・ヴァディス』(Quo Vadis)は、1951年アメリカ合衆国の映画

 

監督 マーヴィン・ルロイ
脚本 ジョン・リー・メイヒン
S・N・バーマン
ソニア・レヴィン
原作 ヘンリク・シェンキェヴィチ
製作 サム・ジンバリスト
出演者 ロバート・テイラー
デボラ・カー
ピーター・ユスティノフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『どんな人におすすめ?』

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『レビュー(感想)と考察』

ノーベル文学賞作家のヘンリク・シェンキェヴィチの同名小説『クォ・ヴァディス』を描く。『ベン・ハー』の時代から少し経ってからローマ皇帝が暴君と言われたネロになってからの時代だ。したがってこの話の軸となる人物はネロ、そしてイエスの後を継ぐキリスト教のトップ2の一人、ペテロということになる。暴君ネロはキリスト教徒を迫害したことで有名だから、キリスト教の話がここでも主軸となってくる。

 

ベンハー 0~30年 キリスト教VSユダヤ教
クォ・ヴァディス 60年頃 キリスト教VSローマ帝国
第9軍団のワシ、テルマエ・ロマエ 138年頃 ハドリアヌス時代
グラディエーター 180年頃 アウレリウス時代

 

このアウレリウスが五賢帝時代で、その後にペルシャと戦う『軍人皇帝時代』がある。その時の皇帝がネロよりもあくどいことをしたかもしれないカラカラ。またウァレリアヌスという不幸な皇帝もいる。更に見ていこう。

 

ディオクレティアヌス 280年頃 ローマ皇帝を神と定める
コンスタンティヌス 330年頃 ミラノ勅令を発令
テオドシウス 380年頃 キリスト教を国教に定める

 

このテオドシウス時代の時に北アフリカのエジプトはアレクサンドリアに『ヒュパティア』という天文学者がいた。彼女を描いた『アレクサンドリア』という映画は、数多く見た鑑賞映画の中でも教訓編の1位に君臨するほどの内容だった。

 

そこには、このローマ帝国の流れが大きく関連している。このような時代の流れがあってローマ帝国の国教がキリスト教になり、それが世界に普及していき、この世界でキリスト教が圧倒的なシェアを広げるに至った。そしてそれが後に1000年間続いた『暗黒時代』と言われるキリスト教一強の時代を生み出し、カトリック教会の腐敗が起き、それに逆らってドイツのルター等が宗教改革を起こす。そしてキリスト教はカトリックに反発するようにルター派(プロテスタント)やカルヴィン派などに分派。その後もたくさん派閥ができるが、基本的にそれらはカトリック(大筋のキリスト教)に逆らうようにして起きたのだ。

 

また、これも極めて重要な話だ。そのカルバンは、ジュネーブを神聖な国にしようとし、より厳格な規制を考えた。歌も大声も、踊りも酒も禁止。それができない人間は汚れているとして、異端扱いした。つまり、カトリックがキリスト教の名前を汚した越権行為をしていたため、彼らのような、

 

浄化するべきだ!もっと神聖であるべきだ!

 

とよりシビアな態度を求めるような人間を出してしまったわけだ。しかし度が過ぎた極端なカルバンによって追い込まれたピューリタン、つまり『普通の心を持った清教徒(プロテスタント。カトリックではない者)』は、居場所がなくなり、アメリカ大陸に新天地を求めた。そして北アメリカ大陸に移入したということなのである。彼らは貧しく、渡航費はなかったが、移民先の大農場で労働することを条件に、アメリカに移ったのである。そうしてできたのが『アメリカ合衆国』だ。彼らは英語を喋るだろう。彼らの大元はイギリス人なのである。

 

ローマ帝国の歴史を考えるということはそれだけ重要なことだ。この時ネロがキリスト教を完全に抹殺していれば、アメリカ合衆国という国もなかったのかもしれない。また、ヒュパティアが死ぬこともなく、天文学的な真実がもっと早くに明らかになった。そして私も、両親にキリスト教を強いられることはなかったのかもしれない。

 

ペテロは映画でネロに逆さ十字架にかけられるが、これは『伝わっている事実』として、史実通りとなっている。伝承によれば紀元67年に殉教したとされている。同じ伝承によると、ペテロが迫害の激化したローマから避難しようとアッピア街道をゆくと、師のイエスが反対側から歩いてきた。彼が

「主よ、どこへいかれるのですか(Domine,quo vadis?)」

 

と問うと、イエスは

「あなたが私の民を見捨てるのなら、私はもう一度十字架にかけられるためにローマへ」

 

と答えた。彼はそれを聞いて悟り、殉教を覚悟してローマへ戻ったという。このときのペテロのセリフのラテン語訳「Quo vadis?(クォ・ヴァディス、「どこへ行くのですか」の意)がこの映画のタイトルだ。

 

 

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