『ヒト』を最適化しよう。

ロマン・ロラン『人間の野獣性に、虚偽の病的な理想主義の衣を着せるよりも、率直に野獣であるほうが人間にとっては危険が少ないだろう。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

だがそれだと、つまり野獣性だけだと現代社会の様な発展はない。こうしてインターネットもなければパソコンもない。ということは私はこれを書いてない。私は結構この時間に人生の意義を見出しているので、野獣性だけの人間社会は、それなりにデメリットも多そうだ。

 

だがもちろん、そのエゴの為にエコを忘れて環境破壊をし、森林破壊、それによるオゾン層の現象、フロンガスによるオゾン層破壊による温暖化、生物多様性の破壊、その他の全ての地球の悲鳴といったリスクを侵していいという事にもならない。

 

環境破壊

 

だとしたら人間が今当たり前の様に基本軸に敷いている社会制度やテクノロジーの発展は、確かに無い方が、そのリスクを減らすことにつながる。そういう意味では、ロマン・ロランの言うとおりである。だが、もし『野獣性』だけに頼って生きていくと、違う問題も起こる。日本文芸社『脳とカラダの不思議』にはこうある。

一般の動物は、育てやすい季節に出産を行えるように発情期というものが脳の中にプログラミングされているが、人間の場合はいつでもセックスが可能だ。これは、脳の中の大脳皮質が深く関係している。生殖に関するメカニズムを担っているのは脳幹にある視床下部であるが、人間の場合は大脳皮質の前頭連合野も性行動に深く関係している。もし、視床下部だけに性行動が支配されているとしたら、人はひたすら欲望の赴くままにセックスを求めて、
社会的な秩序はあっという間に崩壊
してしまう。

 

つまり、脳科学的に言えば、欲望をつかさどる脳の視床下部で『SEXしたい』と思うことは普通であり、それを、発達した大脳皮質の前頭連合野で、抑えることが出来るようになったわけだが、その『理性』ある今の人間の姿を否定し、『野生』で持って生きるということは、つまり視床下部に従って生きるという事になる。

 

それでは人間の生活が成り立たないのではないだろうか。ロマン・ロランは『人為的な危険(リスク)』を抑制しなければならない、というつもりで言ったのか、どうなのかは知らないが、結局『野生』にかえっても、『人為的な危険(リスク)』は違う形で発生するような気がするが。しかしまあ、人間が人間以外の生命と同じようになれば、核爆弾も戦争もテロリズムもないわけで、地球にとってはそれが理想なのかもしれない。

 

環境破壊

 

 

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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