偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け
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考察
しかし、『神の創造』が存在するのであれば、我々人間も、その人間の頭の中も、全てがその領域の範囲内だ。
古代ギリシャの哲学者、タレスは言った。
人間が認知している一番大きなマクロの世界が『グレートウォール』だとして、一番小さな単位が『素粒子』だとしても、
ウロボロスの図(画像)
それら一切が全て、万物であり森羅万象の範囲内である。当然、サイズだけではない。人間が生み出す概念も、観念も、全てが範囲内だ。普通、人間の想像の中を覗くことはできないし、目に見えないものを把握することはできない。だから、人間は『神の領域を超えた』と考えるかもしれないが、『人間がそう考える』こと自体が、神の領域の範囲内なのである。
例えば、酸素は目に見えるだろうか。宇宙の奥にある物質をこの目で見ることが出来るだろうか。そこで流れる時間の感覚を、理解することが出来るだろうか。暗黒物質(ダークマター)はどうだ。今も人間の身体をすり抜けているというではないか。ガリレオとコペルニクスが『地動説』を説くまでは、キリスト教で信じられていた『天動説』が常識だった。
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しかし真実は、『地動説』に近かったわけで、
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更には、地球も太陽も、宇宙の真ん中ではなかった。しかし、この時代の人間は、『天動説を信じていた(間違った事実を、真実だと勘違いしていた)』。そんな事実を最近知ったような人間の『想像』など、『神の領域』からしたらままごとレベルである。だから『創造を超える』ことは出来ない。
しかし意味は分かる。臨済宗の祖、栄西は言った。
意味はこうだ。
『人間の心は広大だ。天空の高さには圧倒されるが、心はその高さをも超えることができる。大地の厚さはとてつもないものだが、心はその厚さをも超えることができる。太陽や月の光は厳かで秀麗だが、心の輝きはその光をも凌駕することが出来る。そして、この宇宙は果てしないものだが、心は宇宙を越えて無限である。』
つまり、人間の想像力は、計り知れない規模であるということだ。
その意味はわかる。
しかし、話はもう終わっている。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
こうして名言と向き合って一つずつ内省したその数『8000』。では、なぜ「1万」ではないのか──それは、内省の後半になるにつれ、『同じ的を射る言葉』が増えてきたからです。そして私はその浮かび上がった真理を、『38の黄金知』としてまとめました。
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