『ヒト』を最適化しよう。

松岡修造『人が褒めてくれないなら、自分で自分を思いっきり褒めればいいのです。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

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考察

人が自分を褒めてくれない。そんな状況があるのだろうか。もちろん、ある。例えば私がそうだ。私は周りからの『正当な評価』を受けずに生きてきた。これは被害妄想ではない。10代の後半くらいまでは、その線も考えていた。しかし、私には自信があった。私は人一倍見る目があったのだ。

 

例えば、人が嘘をついた。それをこの確固たる記憶能力でしっかりと覚えている。ある日、その事実を隠蔽し、『そんなことあったっけ?』ということを平気で言い、真実を捻じ曲げる『大人』の汚い一面を見る。すると、その瞬間にその大人は、私よりも格下に成り下がるのだ。

 

何しろ私は何もしていない。その何もしていない私に、急に、理不尽に、自分勝手な都合で、真実を捏造、隠蔽し、その理不尽を強要する人間が、私よりも『格上』なわけがないからだ。しかし、多くの人間は、弱い。従って、こういうことをする人間は、一人や二人ではなかった。ほとんどの人がそういう人間だったのだ。

 

従って、私は生きているだけで、周りに自分よりも格下な存在が、ポンポン出現することになるわけだ。当時の私はそう考えていた。何しろ私は、何もしていない。急に周りが理不尽に、いきなりそうして、自滅していくのだ。

 

だから親も含めた彼らが、私にまるで私の格上であるかのように接してることに、常に抵抗感があり、違和感があった。私は、相手が本当に清廉潔白で、義の道を歩く高潔な人間であれば、言うことを聞くのだ。私はそういう人を、格上と呼びたいのであり、その他の一切の『エセ』は、むしろ私の指導対象の範囲内にいるのである。

 

しかしもちろん、10代やそこらの結果も出さない若造が、そんな思想を持っていたからといって、それを正当に評価されるということはない。だが、だからといって私はそういうエセ人間に頭を下げることもない。従って、しばらくはそこに軋轢が生まれた。それを『反抗期』だと片づける人間がいるが、そう言っている人間も往々にして『エセ』だ。

 

私には、『恩師』と呼ぶ人間が数人いる。彼らは、これらの条件をクリアする高潔な精神を持った人間だった。つまり、『いる』のだ。そういう人が実際に。しかし、多くはいなかった。むしろ、その人たちだけだった。彼らは私のことを『正当に評価』してくれた。しかし、私の周りにいる人間は、宗教を強要してくる両親も含め、私のことを正当に評価する人間はいなかった。

 

私は、自分が間違っているとは例によって思うことはなった。だから私は『四聖』に数えられる、

 

孔子

孔子

ソクラテス

ソクラテス

ブッダ

ブッダ

キリスト

キリスト

世の偉人たちと向き合うことを決意した。

偉人

 

つまり、彼らの様な歴史的偉人・賢人は一体どう言っているのか。もし、彼らが私の周りにいる人間と同じような意見を言っているのであれば、私も改める必要がある。しかし、そうでないなら、私は黄金の盾を手に入れることになるのだ。まだ途中だ。だが、私は間違いなく、黄金の盾を手に入れる結果になるだろう。

 

フランスのモラリスト、シャンフォールは言った。

 

人が理解できる『範囲』というものがあるのだ。もし、周りにいる多くの人に褒めてもらいたいと思うのであれば、この『範囲』を意識し、振る舞うといいだろう。

 

 

 

 

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