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司馬遼太郎『人の諸々の愚の第一は、他人に完全を求めるということだ。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

アウレリウスは言った。

 

人は完全ではないのだ。それは恒久的なものなのである。2000年前もそうだったし、2000年後も間違いなくそうだ。『それが人間』なのである。

 

ダリは言った。

 

宮沢賢治は言った。

 

それを大前提に踏まえた上で考えれば、憤りに支配されることは無いだろう。ただ、そうは言っても人に完ぺきを求めることは、時として正当化される。例えば私は完ぺき主義者で理想が高く、近い人間関係には敬意を持ちたいがゆえに、理想を高く求める。

 

だが、ある時仲間たちの集いの中で、ある仲間が私にこう言ったのだ。

 

あなたの言っていることはわかります。あなたはいつも良いことを言ってくれていて、有難いと思っています。でも、みんなが皆、あなたのようにできるわけじゃないんです。人それぞれに合ったペースや生き方というものがあると思うんです。

 

ペース

 

私はそれを聞いたとき、

 

(たしかに…)

 

と一瞬思ってしまった。その時だ。それを聞いていた普段は何も言わない恩師が、すかさずこう口をはさんだ。

 

何言ってるんだよ。求めなければどうせお前、怠けるだろ。仲間に対して、求めすぎなんてことはないんだ。

恩師

 

私は自分の考え方が間違っていなかったことに安堵したと同時に、恥を知った。なぜなら先ほど、『あなたのようにできるわけではない』と言われたことである種の優越感に浸り、自分と周りの人間との格差に慢心してしまっていたからだ。

 

(自分はレベルが高いが、他は低い。だから仕方ないか。)

 

少しでもそう思ってしまった自分に、恥を覚えたのだ。

 

『人の諸々の愚の第一は、他人に完全を求めるということだ。』

 

司馬遼太郎はそう言うが、私と恩師と仲間とのこのやり取りは、一生忘れることのできないものだ。人に完ぺきを求めることは愚かであると同時に、求めないのは相手の尊厳に対する侮辱であるというジレンマがある。しかし実際にはそのジレンマを解決する為に必要な考え方は簡単で、その『完全を求める』行為を、『心底から』、『絶対に』という縛りでもって行わないことである。

 

つまり、あくまでも原則的には人に対して理想を高く掲げる。しかし、そうは言っても元々が不完全な人間が、一つのミスもなくそれを完ぺきに行うことはできないし、それを求める人間側も、無知である。したがって、

 

『完全な人間にはなれない。しかし、完全な人間を目指す。それこそが、人間の完全な姿だ。』

 

という考え方を持つことが、人間の心構えの最終到着地点である。

 

 

 

MEMO

※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

 

 

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