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パスカル『人間は、死、悲惨、無知を癒すことができなかったので、自己を幸福にするために、それらを敢えて考えないように工夫した。』

パスカル


フランス哲学者 パスカル画像

 

名言の意味を考えて、偉人の知恵を自分のものにしよう!



 

 

考察


この間、人間にとって極めて重要な人物を描いた映画を観た。何の信仰も持たない私は、神格化されているところは、極めてニュートラルに見て、 後はそのまま受けれいた。あれを見れば、 『ではどうすればよかったのか?』 ということを全ての人間が問われるだろう。まず、人間に格差がついていて、

 


引用:http://lucky2zacky.jugem.jp/?eid=813

 

奴隷同然のような人間が、今日を生きるために物を盗み、人を暴行する。

 

盗んだ方も盗まれた方もまだ子供だ。 盗んだ方にも事情があって、 盗まれた方にも事情がある。盗まれた方は、

『奴隷のお前が、今日盗まれたあの品物は、お前らの何倍もの値段がつく、高価な代物だ。もしそれを取り返せなかったらお前の母親を売りとばす。もう二度と会えないと思え。』

 

と言われ、死に物狂いで探して何とか見つけるも、逆に袋叩きに合う。

 

なんという理不尽な世の中だろうか。だがこれは、極めて蓋然性の高い事実だ。そして今も尚、こういう格差、負の連鎖は続いている。これが現ヒンズー教(当時バラモン教)の、『カースト制度』である。

 

あのガンジーも、カースト制度を廃止する運動は起こさなかったという。 なぜなら彼は、敬虔なヒンズー教徒だったからだ。彼らの考え方の根底には、『現生で苦労した分だけ、来世で報われる』というものがあるのだ。

 

主人公が、全世界に知られる名前になる前、少年は、ある国の王子だった。彼は疑問に思った。 自分たちはピラミッドの上から二番目『クシャトリヤ(王族)』である。その下には、平民、奴隷、奴隷とも言えない人がいて、上には『バラモン』という司祭がいる。

 

なぜ、人間に格差がついているのか。なぜ、人間は動物を殺すのか。少なくとも、『この映画が描いたその男』は、それを『元々そうだから』とか、『生きる為だから』とか、そういう理由では納得しない。

 

自分が生きるために他の生命を殺していいのであれば、この世に最後に残るのは、どういう生命なのだろうか。戦争、差別、貧困、病気、どうしてこの世には、目を覆いたいような苦しい世界が広がっているのだろうか。

 

ある日王子の好きだった女性が、身分が自分よりも格下(奴隷)だったことを王族に突きとめられ、王族に捕らえられた。 激昂し、ついには一国の王でもある父親に、剣を抜いた王子に、王は言った。

『お前が相手にするような女ではない。もしお前があの女と別れ、王女と結婚するのであれば、女は解放してやろう。』

 

身分の違いというだけで、なぜこんなにも理不尽な目に遭わなければならないのか。 王子は、決死の思いでそれをなんとか、承諾した。

 

そのときだ。

 

外から聞こえる女の悲鳴は、彼女の声だ。なんと承諾した刹那、その女の目は潰されてしまったのだ。

 

カメラ

 

『もう二度と身分不相応に、王子のことを見れないようにしておきましたよ。』

 

と言う兵隊。 慟哭する王子に女は、

『あんたが苦しむことは無いよ!あんたは立派な王になるんだ!』

 

と言い捨て、潰れた目を抑えながら、その場を去っていった。そしてその後、彼女の目を潰した兵隊は、その野心ゆえ、王の座を狙って戦争に出たが、あっけなく命を落とした。

 

ここまでで、その王子がどれだけの葛藤をして人生を生きてきたかがよくわかるだろう。

 

王子は、何とかしてこの世の理不尽を無くせないものかと考えるが、世の中はそんなに甘いものではない。目の前にいる病と貧困に倒れる人間に情けをかけても、また次の人、また次の問題と、負の問題は、永久に山積みになってそれを解決することは出来ない。

 

世の中は本当に、ただただ理不尽な世界なのだろうか。自分はいったい、世の中に対して何が出来るのだろうか。何のためにこの世に生まれ、そして死んでいくのだろうか。

 

王子は答えを探し求め、旅に出た。

 

そして長い長い旅の末、彼に一つの名前がついた。

 

彼の名は『ブッダ』。

 

 

私が観た映画は、手塚治虫の『ブッダ』である。

 


今回のパスカルの言葉はあまりにも深い。

 

『人生を生きながらえたいから』考えることを放棄した人間。『人間として生きるために避けて通れなかったから』この世の真理と真正面から向き合ったブッダ。

 

さて、この世の人間の在り方とは?どちらが本当の在り方なのだろうか。

 

 

 

 

※この文章は全てオーナー独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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