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キリスト『あなたが復讐しなくても私がするから安心せよ。』


イエス・キリストの言葉


キリスト教の礎 イエス・キリスト

 

例えば復讐しようとして、人を殺めたとする。すると、今度は自分が殺された人間の周りの、復讐の的になる。そして更に復讐の連鎖は続く。すると、その長い間永久に最初の『負の闇』が辺り一面に浸透、蔓延する形になる。 憎悪が広がる。悪意が蝕む。 それは『相手』の、思うツボである。

 

では一度人間の話を止めて考えてみよう。 ある治療法のない疫病にかかってしまった。その原因が何かはわからない。動物とのSEX、同性同士のSEX、死体を触った、コウモリを食べた、 不衛生な泥水を飲んだ、豚の血液を浴びた、 どんな理由かはわからないが、とにかくその疫病には治療法がないのだ。

 

では、どうする。その患者を放っておいたら、たちまち感染して、多くの人が死に至り、 あるいは人間が絶滅する可能性も否定できない。 なにしろワクチンもなければ、治療法がないのだ。

 

『隔離する』 のではないだろうか。

 

それ以上その疫病を広げてしまうのは、倫理で考えてもやってはいけない。そういう究極の選択肢の中では、 罪のない子供達の命や、夢をようやく見つけて前を向いた人間達を、

(一人で死にたくない。道連れにしてやる!)

 

という自分本位な感情のせいで、 絶望の闇に引きずり込むような真似をしてはならない。

 

戦争の原因になることもあるかもしれない。もちろん、関係者たちがその隔離施設の中で一緒に暮らしたり、 あるいは完全防備した医師たちが一生懸命試行錯誤することはあっていい。だが、その疫病を外に広げていいということには、絶対にならない。

 

それは悲しいことだが、そういう究極の場面では、致し方ないのである。 だとすると背景にあるのは『蔓延させないこと』。それは『負を蔓延させない』。そこからは、『負のウイルスなんかに支配されてたまるか』という、 人間のプライドが垣間見える。

 

例えば何らかの事情で手がウイルスに感染し、もうそうなったらその腕を切り落とさなければすぐに心臓にまで浸食し、命を落とすことになるという状況になれば、どういう判断をするだろうか。

 

大体の人が、腕を切り落とすだろう。そこから垣間見えるのは『負のウイルスなんかに支配されてたまるか』という、 人間のプライドである。

 

人間には、『生きていく、生きてやる』という強いエネルギーが隠されている。だから、その『人生を絶った』相手は、殺したいほど憎いだろう。最愛の人のそれを奪った人間の事を、許せないのは当然だ。

 

なぜならそこには、『負のウイルスなんかに支配されてたまるか』という、 人間のプライドがあるからである。

 

そんな理不尽を許してたまるか。 我々は、『生きていく、生きてやる』という力を源にしてこの世を生きているのだ。

 

だが、 そこで我を失い、負の連鎖に心を支配されることがあれば、 それはまるで、『隔離病棟から飛び出して世界に脅威を与える人』そのものである。それはつまり、『ウイルスに感染してしまった』のだ。 だとしたら思うツボだ。最初に人を殺させたそのウイルスの、思うツボである。

 

『人を憎まず行いを憎む』。 殺したその加害者も、言ってみればウイルスの感染者である。つまり殺された遺族が向けるべく焦点は、加害者(疾病者)というよりも『ウイルス』の方なのである。 だとしたら最も陥ってはならないのは、自分達もそのウイルスに感染してしまい、心を乗っ取られることだ。

 

気持ちは痛いほどよくわかる。だが、究極の場面では右腕を切り落とすことがあるように、ウイルスに支配され、全身を乗っ取られて、他者にまでそれを蔓延させ、逆に加害者になった、などという最悪なケースを防がなければならない。

 

復讐は必ず行われる。それは、人間が判断できるようなレベルではないかもしれない。もし神がいるなら、 神は人間には理解できない時間や宇宙といった規模の感覚の中で生きていて、 それを支配している。すぐに復讐を成し遂げたいという『すぐ』の感覚が、人間と神とでは違う場合があるのだ。

 

だから重要なのは、自分がその『負のウイルス』に支配されないこと。人間が出来ることは、それなのだ。

 

我々の腸内には、善玉菌(ビフィズス菌)と悪玉菌が混在している。そして常に、善玉菌が優位になっているから、腸内の環境は正常に保たれている。 しかしたまに、悪玉菌が優位になるときがある。そういうときに起きる症状は、下痢等の症状である。

 

だとしたら我々がやるべきことは、『負、闇、悪』に負けないように、 『正、光、善』の力を常に優位にさせることだ。(負のウイルスなんかに支配されてたまるか!最後にはそういう人間の強い意志が、負の闇を凌駕するのである。

 

 

参照:『ローマ人への手紙 第12章』

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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