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キリスト『悔いのない人生を。だがもし悔い、改めるのなら、許される。』(超訳)

キリスト教の礎 イエス・キリスト

内省

悔いのない人生を生きなければならない。人間が人生の黄昏時に振り返って悔いを残すのは、『負ってきたあらゆるリスク』ではない。

 

『避けてきたあらゆるリスク』、『掴まなかったすべてのチャンス』、『言わなかった自分の意見』である。悔いのない人生を生きるということは、そういうことだ。あと一歩だけ勇気を振り絞り、自分の人生を生き貫くということだ。

 

だが、もしこの人生で後悔することをしてしまっても、心の底からそのことについて、悔い、改めるのであれば、絶望に陥る必要はない。人間は過ちを犯すものだ。それは、あらゆる環境の条件がいくつも交差することが関係していて、本来の人間自身には、何の罪もない。別の誰かが自分と『全く同じ環境』だったなら、その誰かも、自分は『全く同じ行動』を取っていた。そういうものなのだ。

 

『何の罪もない人間』を例えば、『猟奇的な異常殺人者』ではなく、『赤ん坊』で考えてみればわかるだろう。皆、納得するはずだ。人は皆、赤ん坊のようなものなのだそれが『環境』によって、罪へと導かれてしまうだけなのだ。

 

そういうことを考えたとあと、いよいよ本当は最初から、『欲望を持って生まれた全ての人間は、罪深い生き物なのだ』ということを知る。『赤子の無実』を知り、『人間の罪』に気づき、それらのことについて思慮深く考えたというのなら、人間に与えられた試練を、必ず乗り越えられるだろう。

 

 

注意

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、運営者が独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

参照文献

聖書

コリント人への第二の手紙 第7章。

関連する『黄金律

『他と違うことは恥ではない。誇りだ。』
『どれだけ生きるかではなく、いかに生きるかが重要なのだ。』
『この世には、自分にしか歩けない道がある。その道を歩くのが人生だ。』
『「生きる」ということの本当の意味とは。』

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