名言を自分のものにする

広告

名言

 

 

> > > >

 

ブッダ『感情に身を任せない。いや、というよりも、信号に身を任せないよう心掛けよ。』


ブッダの言葉


仏教の開祖 釈迦(画像

 

『信号』というのは、『感情』よりもずっと事務的で、機械的な感覚である。要は、『感情に身を任せないのは、人間じゃない』という声が聞こえてきそうなので、『信号に身を任せるな』という表現をしているのだ。

 

例えば『信号』は、『サイン』とも呼ぶが、快楽を味わったとき、怠惰に走ろうとするとき、衝動に駆られようとしたとき、憎しみに蝕まれようとするとき、人間は、『感情』と表現するにはまだ早い段階の、『サイン』が脳に、送られる。

 

要は、そのサイン(信号)に従うなということなのである。私自身がそうだったし、ということは私の周りにはそういう輩で溢れていたという事だが、人間は面白いことに、この『サイン』に身体を乗っ取られている時が、外から見てわかるようになっているのだ。

 

まあそれはそうだ。前述したようなことに支配されていない人間は、そもそも『外から見て、変化がない』わけで、支配されている人間はその逆なわけだ。

 

『感情』はあって当然良い。だが、『信号』に自らを支配されているのであれば、いささかそれは、情けないと考えた方が良い。特に、他の動物や昆虫と差別化して『人間』を主張するのであれば、尚の事、自分自身からも自由であることが求められる。

 

 

参照:経集736,737

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

シェア

 

スポンサーリンク

 

関連する黄金律

黄金律

この言葉に関連する『38の黄金律』。この名言と同じ的を射た他の名言があります。

 

 

 

15.『人間が戦うべき相手は外にはいない。『内』にいるのだ。

確かに人間は、闘わなければならない。だが、その相手は『外』にはいない。


>>続きを見る

 

 

関連する記事

黄金律

『人間には聖性と魔性の両面がある。聖性を優位にし、魔性を劣位にする、という闘いこそがジ・ハード(聖戦)なのである。』

 

 

 

ブッダ『感情に身を任せない。いや、というよりも、信号に身を任せないよう心掛けよ。』


偉人の名前や名言を検索

 

おすすめ関連記事

 

 

↑ページの上部へ

スポンサーリンク

 

同じカテゴリーに属する他の記事


『私は固執しない。それは執着だからだ。執着は罪である。心を乱す源である。』

 

『眠るときでさえ、人は動いている。だとしたら人間はやるべきことは一つだ。』

 

『分け隔てない人間関係を築けているか。いないなら、それは人間の姿ではない。』

 

『人を騙さない人は大勢いても、軽んじない人は意外に少ない。』

 

『全ての生命が、安穏でなければならない。』

 

『苦しい?それはしがみついているからだ。執着しているからだ。』

 

『自分の身体の構造が見えないのは、幸か不幸か。』

 

『表面を気に掛けるのはわかる。わかるが、人がいなければそれをやらないと思うと虚しい。』

 


広告

 

↑ PAGE TOP