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ブッダ『欠点や美点で判断するような人間を、まさか友人だと思っているわけではあるまい。』


ブッダの言葉


仏教の開祖 釈迦(画像

 

そういう人間は多い。実に多い。例えば、『中国古典』の教え』の『史記』にある、

『地位が上がったり下がったりすることによって、付き合いの深さが良くわかる』

 

という言葉が、まさにその通りだ。こちらが調子のいい時は放っておいても人は集まるが、落ち目になると、さっと去っていく。遥か昔から今において、変わることのない愚かな習性である。

 

 本は続けてこう言う。
『だが、初めからそれが人情だと心得ていれば人が寄ってきたからといって喜ぶこともないし、去っていったからといって嘆くこともないのである。』

 

───▲

 

その通りだ。 欠点や美点で判断してしまうのが、愚かな人間の習性。だから、別にそれについていちいち反応する必要はないのだ。

 

例えば、美点という光に吸い寄せられた『虫』も、欠点という汚れに群がって食い散らかす『害虫』も、パパッと追い払うだろう。『虫』は、最初からそういうものなのだと知っているから、別にそれ以上のことは求めていないはずだ。

 

同じように、人間も最初からそういう生き物なのだ。だとしたら過剰に気にする必要はない。つまり、浮つくことも、憂う必要もないのだ。

 

彼らは『人間』だが、『友人』ではない。『友人』とはまるで、その逆の行動を取ることが多いからだ。我を見失うほど友人がちやほやともてはやされれば、それに比例して悪い事象もあり得ると推測し、あえて批判の先頭に立ち、暴れて見せ、

 

(彼が言うほど、悪じゃない)

 

というコントラストの原理を生み出して、状況を緩和させることもあるだろう。

 

 

我を見失うほど友人が落ち込めば、それに比例して良い事象も起こり得るのだと鼓舞し、手を差し伸べ、たとえ1人になっても、彼を批判する人間を向こうに廻し、『お前らは、彼のことを語る資格はない』と言って激昂し、闇に隠蔽されそうになる真実に光を照らし、彼の再起の為の道を見出す、手伝いを惜しまないだろう。甘い汁だけ吸って、苦い汁は残す。これは『人間』だ。だが、『友人』ではない。

 

 

参照:経集253

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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