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朝鮮半島が『韓国』と『北朝鮮』に分かれる直前に存在した幻の国とは?

東南アジアで命を燃やした歴史に残る偉人たちと、唯一独立を守り続けた奇跡の国~ASEAN誕生~

 

上記の記事の続きだ。こうして東南アジアは、列強諸国の代理戦争の場になったり、植民地支配の対象となり、戦争では散々な目に遭った。そして、日本もその『列強諸国』の内の一つ。ちなみに、日本の植民地は以下の通りだ。

 

日本の植民地

  • 台湾(日清戦争後の1895年、下関条約による割譲)
  • 南樺太(日露戦争後の1905年、ポーツマス条約による割譲、後に内地編入)
  • 関東州(ポーツマス条約による租借地承継。満鉄付属地を含む)
  • 朝鮮(1910年の日韓併合条約による大韓帝国の併合)
  • 南洋群島(第一次世界大戦後の1922年、国際連盟規約による委任統治)

 

東南アジア諸国は含まれていない。だが、日本は戦争で東南アジア諸国にも大きな損害を与えた。したがって、その戦後処理で莫大な賠償金を支払って、戦後補償を行うことになった。

 

  • フィリピン:1980億円
  • インドネシア:約803億円
  • 保有していた預金・鉄道・工場・住宅等の財産の没収

 

現在のお金にして実に35兆3540億円の戦争賠償金を、1976年まで支払い続けた。

 

では、日本が植民地化した、その『李氏朝鮮(朝鮮半島)』はどうか。1392年に李成桂(りせいけい)が『李氏朝鮮』を建国し、朝鮮半島を掌握していた。李氏朝鮮は、明や清への朝貢体制を続けながら、500年以上も安定した政権を続けていた。19世紀になると李氏朝鮮は、古くから続いていた『華夷秩序(かいちつじょ)』を打破するべく、日本と同様に近代国家として独り立ちする動きが活発化していた。

 

日本は、1875年に江華島事件を機に朝鮮を開国させ、近代外交の主導者となり、日本が朝鮮の独立を約束した条件である『日朝修好条規』を結ぶ。しかし朝鮮内では、『親日派』と『親清派』に分かれて、対立してしまう。つまり、『日本と中国のどちらに付くか』ということが問題視されたのである。その後の詳細は下記の記事に書いた。

 

『一つのことに集中する人間だけが手に入れられる圧倒的な力がある。』

 

つまり、朝鮮半島をめぐって『日清戦争』が起きたわけだ。しかし、日本が『清』に勝ち、朝鮮は日本の植民地となった。

 

[ジョルジュ・ビゴーによる当時の風刺画(1887年)日本と中国(清)が互いに釣って捕らえようとしている魚(朝鮮)をロシアも狙っている]

 

だが、第二次世界大戦の後、北緯38度線を境に、米ソによる分割を受ける。北はソ連、南はアメリカによって支配された。そして東西冷戦が進行する中、南北に分断されて、この2つの国が生まれたわけだ。『北朝鮮』と『韓国』である。

 

朝鮮民主主義人民共和国
大韓民国

 

そして、彼らは彼らで『朝鮮戦争(1950年6月)』というものを起こしてしまう。

 

STEP.1
1945年9月
朝鮮人から『朝鮮人民共和国』の建国が宣言されるが、米ソはこれを政府として認めず。
STEP.2
1948年8月
南部で李承晩(いすんまん)を首班とする大韓民国(韓国)がアメリカの支援によって成立。
STEP.3
1948年9月
これに対抗し、ソ連のスターリンが北方の平壌に赤軍を入城させ、金日成(きむいるそん)を首相に立て『朝鮮民主主義人民共和国』を建国。
STEP.4
1950年11月
アメリカ軍を主体とする国連軍が参戦する北朝鮮軍を押し戻し、ほとんどを占領した。
STEP.5
1953年7月27日
中国の義勇軍が参戦し、戦線が38度線付近まで後退。53年には休戦協定が結ばれた。
STEP.6
1950年8月
突然、北朝鮮軍は38度線を越えて侵攻。朝鮮半島の大部分を占領した。

 

それぞれが、列強のバックアップを受けながら、一進一退を繰り返した。1953年に板門店で休戦協定が結ばれるが、実は韓国政府はこの協定に署名をしておらず、現在に至るまでこの『朝鮮戦争』は完全に終結したとは言えないのである。

 

[板門店:北側からの見学者(南側から撮影)]

 

その後、1956年以降の北朝鮮は、ソ連と中国の影響を排除し、北朝鮮独自の路線を歩もうと画策する。金日成と親族に対する崇拝が進み、反対派は粛正されるようになる。そして、個人の独裁を正当化するために、独自の社会主義理念『チュチェ思想(主体思想)』を掲げる。これによって、人民は絶対権威を持つ指導者に服従しなければならなくなった。

 

Newsweek2018年3月23日号にはこうある。

<平壌の政治の中心部の建物で政権打倒を呼び掛ける落書きが見つかり、北朝鮮は犯人探しや思想教育の徹底指示で大騒ぎになっている>

北朝鮮の首都・平壌で金正恩党委員長を批判する落書きが発見され、当局が捜査に乗り出した。平壌在住で中国を頻繁に訪れるデイリーNK内部情報筋によると、今月1日の午前4時頃、市内の4.25文化会館の建物の壁に金正恩氏を批判する落書きが発見された。当局は検問を強化し、保安署(警察署)は住民の筆跡調査にも乗り出した。北朝鮮において国家指導者は、公の場において言及する際には細心の注意を要するほど神聖不可侵のもので、批判したことがバレたら重罪は免れない。

 

(中略)北朝鮮の国民は、洗脳された「ロボット人間」ではない。制限されているとはいえ、海外の情報と接する機会も増えており、自分たちがどのような状況に置かれているかも知っている。だから、人々が金正恩体制に反感を募らせるのは当たり前なのだ。

参考 金正恩を倒せ!」落書き事件続発に北朝鮮が大慌てNewsweek

 

 

その後北朝鮮は、金正日(きむじょんいる)、金正恩(きむじょんうん)と続き、今も尚その独裁政権は続いている。

 

 

日本はというと、戦後にGHQによる占領下で復興を始める。

 

STEP.1
1947年
日本国憲法が施行。
STEP.2
1951年
サンフランシスコ平和条約により主権を回復。
STEP.3
1956年
除名された国際連合に再加盟。
1960年
高度経済成長を迎える。
STEP.5
1968年
国民総生産(GDP)で、世界二位に躍り出る。

 

確かにタイは、東南アジア諸国で唯一独立を守り続けた奇跡の国だが、『アジア』で列強の支配と抗い、何ならその列強だったロシアを打ち砕いて戦争に勝った国であり、戦争に負けた後も『東洋の奇跡』と言われた奇跡の復興を見せた日本は、世界中から畏怖と称賛の目を向けられる国なのである。

 

ただ、下記の記事然り、そんな日本とてもちろん完ぺきではない。だからといってうぬぼれるようであれば、日本はこの世界の大海に沈んでしまうだろう。そしてそれはたまたま植民地化した国が自国近辺の地域に留まったというだけで、それらの地域からは日本は今も恨むべき対象となってしまっている。もし、日本が世界中を植民地化していれば、ヒトラースターリンのように、もっともっと悪い印象を持たれていただろう。

 

あの時、戦後の日本が『高度経済成長ができた真の理由』とは?

 

 

該当する年表

年表で見る人類の歴史と映画一覧[宇宙誕生~紀元前2500年編]

参考文献