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エネル『──人は…”神”を恐れるのではない…”恐怖”こそが”神”なのだ』

人は何かと、理由をつけたがる。論理的な理由。説明がつかないこと、つじつまが合わないことは、とても居心地の悪いことだと思うからだ。『唯一神についての考え方』』は違う機会に書いたが、今回はこSTRONGWORDになぞらえて、違う見方で考える。

 

遥か昔、地球がまだ丸いと知らなかった頃、人間は、この地球を大きなゾウや、木が支えている平らな土地だと思っていた。(※諸説ある)ある土地では『雷、地震は神の怒り』、またある土地では『雨、快晴は神のご慈悲』、奇病、神隠し、呪い、祟り、裁き、説明がつかない不可解な現象を全て『神の怒り』のせいにし、生贄、魔女狩り、お供え物、供養、お祓い、占い、念仏、祈り、実に、幾多もの習わしが生まれ、浸透した。

 

例えば『虫歯』は、歯に穴が開いたところに、何か歯に穴をあける不思議な力を仮想したり、ときには悪霊などの仕業だろうと考えていた。(それに対し、アメリカ人のミラーが、ドイツのロベルト・コッホ(1843~1910年)の研究所にいて、結核やコレラのように、何かのバイ菌が虫歯をつくるのだろうと、口腔中のいろいろな菌を調べ、『化学細菌説』という理論を出したのが、虫歯に対する最初の学説である。)参照文献『歯医者に虫歯は治せるか?』

 

世界各地によって信じられる神々の姿かたちは違うが、しかし人は共通して、『神』の存在を奉ったのだ。キリスト、釈迦、孔子、ムハンマド、老子、シヴァ、今、世界に広がる大きな宗教の信者だけで、実に50億人。70億人中、50億人以上の人が何かしらの『神』や信仰を持っている。

 

そんな中、両親がクリスチャンではあるが、それについて死ぬほど葛藤して、一度この世の果てまで堕ちた経験のある、無神論者である私の意見はこうだ。

『神の存在について考える時間は無駄。どの神が正しいか考える時間も無駄。どの神が言う真理も為になるし、どの神の存在も疑わしい。たとえ神がいたとしても、この世を生きて、戦い続けるのは自分だ。誰のせいにもせず、神のせいにもせず、自分に与えられた命の日数の間に与えられた、骨折る労苦の間に、食べたり飲んだりする。これが人の受ける分なのだ。精いっぱい主張して、目いっぱい行動して、悔いのない人生を、送るべきなのだ。そしてその命を、意志を、愛する子孫に繋いでいくべきなのだ。』

 

『──人は…”神”を恐れるのではない… “恐怖”こそが”神”なのだ』

 

ウィスコンシン大学マディソン校教授の進化発生生物学(エボデボ)分野のスーパースターこと、ショーン・B・キャロルは、著書、『シマウマの縞、蝶の模様』で、こう書いている。

エボデボと進化論──創造主論の対決『ある問題に納得しているならば、そちらの肩をもつか、いっさい手を引くかである。』byゲーテ

 

ダーウィンは、『種の起源』を出版してからその第二版を出すまでの短い間に、巻末の有名な一文に『創造主によって』という言葉を書き加え、 『創造主によって数種類あるいは一種類に吹き込まれたことに端を発し』と書き換えた。しかしのちに、盟友である植物学者J・Dフッカーに宛てた手紙でそうしたことを悔いている。(中略)大多数の科学者と広範な宗教各派は、そのような和解を見出だしている。たとえば前ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は1996年に、人の身体は自然の過程によって進化したことを認めるというカトリック教会の立場を確認した。教皇はさらに言葉を重ね、進化に関しては大量の証拠が積み重ねられた結果、『仮説に留まらない』ほどになっているとの声明を発表した。

 

科学の進展を取り入れるのろさでは歴史的に定評のある世界最大のキリスト教宗派のトップである教皇がこのような生命を発表したことで、進化論受容をめぐる長い闘争がついに転換点を迎えても良かった。しかし、聖書を字句通りに解釈する原理主義者たちは、依然として進化学に公然と異を唱え、公立学校での進化論教育阻止を目指した法制化に邁進している。

 

(中略)神学と科学との関係に関心をもっているジョン・テンプルトン財団の理事長チャールズ・ハーパーが、最近になって科学誌『ネイチャー』に寄稿した。『科学の知見が増大しつつある時代にあって、科学知識の”欠落”に根差した宗教への肩入れは、そうした欠落が埋まればおのずと萎んでゆくだろう。現在は進化学に戦いを挑んでいるキリスト教徒たちも、やがては進化学に本気で向き合わねばならなくなる』と発言したのだ。ハーパーの意見は正しい。胚や遺伝子、ゲノムに関する理解がかつてないほど深まり、化石もどんどん見つかっている中にあって、そうした欠落は急速に消失しつつある。そうした欠落に対する誤った信念の一例を示そう。生化学者のマイケル・ベーエが1996年に出版した『ダーウィンのブラックボックス──生化学から進化論への反論』で披露されている誤解である。博士号をもつ科学者ベーエが書いた本を、創造論主たちは神の贈り物として歓迎した。

 

しかし、生きている細胞は分解できないほど複雑な実態であるというベーエの主張は空疎である。ベーエは、生物学は複雑な現象を分子の過程に還元しようとして壁にぶち当たると言い続けてきた。ベーエは、生命科学の革命によってその悲観的預言が抹殺されてしまった多くの預言者たちの同類である。スワスモワカレッジの生物学者で有名な発生生物の教科書の著書にして発生学史と進化生物学史にも造詣が深いスコット・ギルバートが、ベーエの立場とその論拠の破たんを次のように要約している。

 

『創造論者に言わせれば、進化学と遺伝学を総合しても、魚が両生類になり、爬虫類が哺乳類になり、霊長類が人類になったことは説明できないという。……ベーエは、新しい分類群の創造を遺伝学では説明できないことを『ダーウィンのブラックボックス』と呼んでいる。そのボックスを開ければ、神が存在する証拠が見つかるとベーエは信じているのだ。しかし、ダーウィンのブラックボックスの中には、単に別のタイプの遺伝学である発生遺伝学が入っているにすぎない。

 

世界の宗教人口のうち、20億人を占めるキリスト教徒が信じた、創造主論。『科学で説明がつき始めた』昨今、その創造主論が覆されつつある。人は、地球のこともろくに知らない時代から、何億光年離れた宇宙の惑星の存在を知るまでに、大きく進化した。我々が創りだしたのではない。最初に在った真実に、我々が追いついただけなのだ。この延長線上が科学なのか、神なのかは誰にもからない。ただ一つ言えるのは、今よりもうんと無知だった時代も、今よりもうんと知識が広がるはずの時代も、幸せな家庭を築き、与えられた環境で、精いっぱい生きる動植物、そして人間がそこに居たら、その姿はとても、美しいということなのだ。

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV

※画像は以下の参考文献から引用しています。

 

一言

この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。