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トラファルガー・ロー『弱ェ奴は 死に方も選べねェ』

恩師は言った。

『厳しくなければ生きていけない。 でも、優しくなければ生きる資格はない。』

 

この言葉は、人生の悩みをくぐった者ほど、 染み渡るだろう。

 

ホイットマンは言った。

 

この世は確かに、『優しい』人間が常に重宝される。 家庭でも学校でも、そういう人間を育てることに重きを置く。 暴力を振るおうものなら厳罰を受けるし、 虐めや虐待も決して良しとしない。 だが、 『それら』はあるのだ。 それが、この世という世界である。

 

『弱ェ奴は  死に方も選べねェ』

 

私も当然そういう育ち方をした。だが私はその辺にいる『優しい人』とはちょっと違っていて、 自分の心の中に確かに棲みつく、『凶暴な悪魔』との共生をどうすればいいか、 そんなことを考えているような人間だった。 例えば悪友同士が急に立ち上がって口論になって罵倒し合っても、

 

(喧嘩するなら、殺せよ)

 

という感情でもって、常にそういう人間を観察していた。だからもちろん、止めもしなかった。

 

(止めてもらう為に口論を始めたわけではないだろう)

 

と考えていたからだ。それに、

 

(それを見せつけられる俺の立場はどうなるんだよ)

 

という気持ちもあって、彼らの様な人間を『自分勝手な人間』と見下し、心の中で批判していたのだ。それは中学生の頃だが、 十数年という時間が経ち、あまりにも色々なことがあった。幾多もの葛藤があった中で、わかったことが一つある。世の中には『冤罪』というものがあって、あるいは『弁護士』いかんによって『罪』が軽くなったり重くなったりするように、 この世とは、意見・主張をしなければ、 みるみるうちに、他人の都合の良いような結果に落とし込まれる、 陥る、巻き込まれてしまうということである。

 

言われのない誤解、不当な評価、歪曲される情報、隠蔽される真実、 これは決してフィクションの様に遠い遠い世界の話ではない。ごく身近、それも手の届く範囲のところで、 今日も明日も行われる可能性がある、人間の実態である。 例えば私で言えば、宗教を強要されて『意志を殺されかけた』し、 愚かな拝金者に、『会社を潰されかけた』。まだまだ腐るほど話はある。人生とは、 『厳しくなければ、生きていけない』のだ。

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV

※画像は以下の参考文献から引用しています。

 

一言

この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。