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夏目漱石の名言・格言一覧

日本作家。夏目漱石は1867年2月9日に生まれ1916年12月9日に没した日本の小説家です。(画像

名言一覧

25個あります

『万里の道を見ず、ただ万里の天を見る。』

『運命は神の考えることだ。人間は人間らしく働けばそれで結構である。』
『智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。』
『表面を作る者を世人は偽善者という。偽善者でも何でもよい。表面を作るという事は内部を改良する一種の方法である。』
『「ああ、ここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた!」こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて心を安んずる事ができるのでしょう。』
『愛は堅きものを忌む。すべての硬性を溶化せずにはやまぬ。』
『今日まで生き延びたから色々の漱石を御目にかける事が出来た。これから十年後には、また十年後の漱石が出来る。』
『真面目とは実行するということだ。』
『吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果、不自由を感じて困っている。』
『牛になる事がどうしても必要です。』

10。
『恐れてはいけません。暗いものを凝って見詰めて、その中から貴方の参考になるものをおつかみなさい。』
『私は冷かな頭で新らしい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。血の力で体が動くからです。』
『自由な書を読み、自由な事を言ひ、自由な事を書かんことを希望いたし喉。』
『その一人の人は、人間全体を代表していると同時に、その人一人を代表している。』
『馬は走る。花は咲く。人は書く。自分自身になりたいが為に。』
『君、弱い事を言ってはいけない。僕も弱い男だが、弱いなりに死ぬまでやるのである。』
『自分の個性が発展できるような場所に尻を落ち付けべく、自分のぴたりと合った仕事を発見するまで邁進しなければ一生の不幸であると。』
『凡ての創口を癒合するものは時日である。』
『真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行え。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となって現わるべし。』
『乗り切るも、たおれるのも、ことごとく自力のもたらす結果である。』

20。

『ある人は十銭をもって一円の十分の一と解釈する。ある人は十銭をもって一銭の十倍と解釈する。同じ言葉が人によって高くも低くもなる。』
『成功は才に比例するものにあらず。』
『悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているのですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にある筈がありませんよ。』
『人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。』
『もし途中で霧か靄のために懊悩していられる方があるならば、どんな犠牲を払っても、ああここだと掘り当てる所まで行ったら宜しかろうと思うのです。』

25。

名言だけを見たい人のために内省記事は別のページに分けました。

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夏目漱石の格言と向き合って内省する

夏目漱石とは(画像

日本作家。夏目漱石は1867年2月9日に生まれ1916年12月9日に没した日本の小説家です。また、活動は小説の創作だけに留まらず、評論家や英文学者としても功績を残しています。文学の師としては大学時代に出会った正岡子規の存在が大きいです。その頃から俳句を学び、帝国大学英文科を卒業後、中学校教師、高等学校の教授などを務めた後にイギリスへ留学しました。この頃から英文学への造詣も深めています。帰国後は東京帝国大学の講師になり、英文学を教えながら後世に残る名作の吾輩は猫である、を雑誌で発表しました。

 

吾輩は猫であるはとても幅広く評判を集めることになり、その後の坊っちゃんや倫敦塔などの作品に繋がっていきます。やがて朝日新聞社に入社し、その後も虞美人草や三四郎などを掲載します。評価されているのはその作品だけではなく、現代日本語を築き上げた人物の一人であるともされています。夏目漱石の文体は約150年を経た現在でも普通に日本語として通用する文体であることもそれを証明している要素になっています。

 

類まれな才能を持っていた反面、健康状態は終生芳しくなかったとされていて、特に若い頃から精神病を患っていたとされています。常に誰かに自分が監視されているような錯覚を覚える追跡症という精神病を患っていて、このような病気が文学の才能と関係があったのではないかという研究もされています。名言のひとつとして、「君、弱い事を言ってはいけない。僕も弱い男だが、弱いなりに死ぬまでやるのである」というものがあり、実際に死の間際まで執筆を続けていた芯の強い作家でした。