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マルコムX『私は自衛のための暴力を、暴力とは呼ばない。知性と呼ぶ。』

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ふむ…。

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考察

キング牧師 のような、白人との融和的な和解策を考えなかったマルコムXは、暴力には暴力で対抗する必要性があることを大衆に呼びかけた。これは当然、『真理』になぞらえて考えれば、詭弁にすぎない。暴力は、暴力である。その真理を捻じ曲げることは、何人たりとも出来ないのだ。

 

だが、時と場合によっては、その『暴力』が、罪として裁かれない時がある。例えば、『正当防衛』という概念がそうだ。状況次第では、たとえ相手を死に至らせる暴力が行われても、罪にはならない。そういうことがある。

 

それはそうだ。理不尽な暴漢にいきなり襲われ、目の前で最愛の妻や、子供が半殺しにされていたとき、あと数発、時間にして1分もない、法律に身を任せ、話し合いなど意味をなさないその暴漢に対し、成すがままにされてしまえば当然、最愛の家族を失う。そして、訴えなければ、相手は逮捕されることは無い。

 

そんなこと、許してその後の人生、自分に生きる価値などあるだろうか。生きる意義など、見出せるだろうか。そう考えたときの刹那、暴力は一変、『正当防衛』に切り替わるのだ。

 

抗わなければならないときがある。闘わなければならないときがある。そういう究極の場面は、決して想像上の空想話ではない。全ての人が覚悟しておかなければならない、心構えだ。とりわけ、この時代の黒人たちに、この言葉は響いた。400年もの間、奴隷にされていたのだ。黒人が、馬になど乗っていたら、白い目で見られた。それが普通だった。人間としての尊厳を、奪われていたのだ。

 

何を隠そうこのマルコムXは、生まれたときにはすでに、母親が白人からの強姦の被害者だった。そして、物心がつくまえに、最愛の父を白人に暴行されて失い、そして国や警察は、それを『自殺』だとして隠蔽した。そして母親は、精神病院に入院したのだ。

 

精神病院

 

彼は、平等に、公正に与えられた人権が当たり前の世の中で育っていたら、このような過激な発言をする、指導者になっていただろうか。暴力を肯定する、彼は、許されないのだろうか。それとも、彼を生み出した世の中が、許されないのだろうか。このことについて、更に深く潜って内省したければ、映画『ブレイブ・ワン』を観るのがいい。主人公の彼女もまた、同じような環境に陥り、人生の意義を、どう結論付けるか迷う。私は映画にあまり優劣はつけない主義だが、この映画はもしかしたら、私の中で一番感慨深い作品だったかもしれない。

 

 

 

 

 

MEMO
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