『ヒト』を最適化しよう。

ヘンリー・フォード『たいていの成功者は他人が時間を浪費している間に先へ進む。これは私が長年、この眼で見てきたことである。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

私がこれに気づき始めたのは、25歳ぐらいのときだった。その時はまだ『違和感』程度のものでしかなかった。過去から連続している刹那的な毎日に、先が見えないことを悟ったのだ。但し、その毎日があってこその気づきだったということもできるので、私はそれまでの半生を否定することは絶対にない。

 

だが、やはり刹那的は『建設的』には到底かなわない。私が刹那に走っていた理由は、『腹が立っていた』からだ。なぜ、セオリー通りに人生を生きなければならないのか、到底わからなかった。そのセオリーは、自分以外の誰かの人生に当てはまるものであって、自分というたった一つの要素とピタリ当てはまるものではないはずだ。それは『自殺行為』に近いような印象を受けていた。意志と個性の埋没であり、挫折であり、人生に屈することであると考えていたのだ。

 

毎日を刹那的に生きることは、自分でその自分の人生をコントロールしているような錯覚を覚えた。自分の好きなように、好きなことをする。次の日のことなどにいちいち悩まされず、酒を飲んで昼まで爆睡し、またパーッと朝まで騒ぐ。夏が来たら海へ行って大騒ぎし、冬が来たら温泉とスキー旅行に行く。カラオケやクラブやボーリングやドライブや、飲み屋や喧嘩やSEXやなんやらで、毎日を刹那的に生きていれば、自分の心は十分充足したし、先のことなど別に考えなかった。

 

考えないことで、考える悩みという、セオリー通りの人間の悩みからも、解放されている気分になった。しかし、それは永久に続けることは出来なかった。色々な問題が起きたのだ。金銭面の問題、そして時間制限という問題。自分の人生の次には、子々孫々の人生が待っている。それを、年齢を重ねるごとにひしひしと理解していくことになり、私の心には、(自分の子供には迷惑をかけたくない)という強い気持ちが増幅していった。

 

セオリーが嫌いな私は、『コツコツやる』という言葉も概念も、非常に抵抗があった。しかし、人生を真剣に葛藤するようになると、見えて来るものである。

 

私はイチローの、こういう言葉に出会ったのだ。

 

『コツコツ』は嫌だが、『確かな一歩の積み重ね』なら、むしろ私は好きだった。前者からは、何かこう、多少でも負の雰囲気が漂っていて、(それしかできない)という、ちっぽけな印象があったのだが、後者なら、むしろ自分の意志で果敢に日々、試練や修行に取り組んで、挑戦し、どこまでも向上していくつもりの、向上心が垣間見えたのである。同じように見えても、私には圧倒的に違った。

 

ベンジャミン・フランクリンはこう言い、

 

あるいはこうも言った。

 

デカルトも、

 

と言っているが、毎日を建設的に生き、確かな一歩を積み重ねる人間だけが、『未来』を切り開き、作り上げることが出来るのだ。そしてその『未来』には、子々孫々の笑顔も含まれているのである。人生に『成功者』などいないが、『浪費』している人間よりも、『投資』をした人間の方が、遠くへ行けることは疑いようのない事実だ。

 

刹那的に人生を生きる人間の気持ちは、私にはよくわかる。わかるが、自分にもし『プライド』があるというのなら、生き方を変えるべきである。私は、『見栄とプライド』の意味をはき違えていたことに気づけたから、方向転換出来たのだ。私にとって『見栄』とは、自分の無知無力をひた隠す、屈辱的な行為でしかなかった。

 

(私にあるのは見栄ではない。プライドだ!)

 

そう言い聞かせるところから、全ては始まった。

 

 

 

 

MEMO
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運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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『生きるのは過去でも未来でもない。『今』だ。』 『『一歩』の価値をどう評価するかで、その人間の人生は決まる。』 『失敗したと思っても絶対に諦めるな。そもそもそれは、『失敗』ではない。』 『一つのことに集中する人間だけが手に入れられる圧倒的な力がある。』

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