『ヒト』を最適化しよう。

ベンジャミン・ディズレーリ『誠実に勝れる知恵なし。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

『見識』というのは、本質を見抜く、見破る能力のことである。正直、この見識が優れている人からすれば、メタメッセージメタの世界という次元の世界も、見破ることは容易である。『結果的に誰が一番得をする話なのか』、『いつもと違う態度や表情、声のトーン』、『いつもと違う生活リズム、匂い、雰囲気』、こんな風に、様々な角度、視点からその問題を分析することによって、浮き彫りになってくる真実があるのだ。

 

つまり、『知恵』というぐらいだから『知恵比べ』という発想がよぎったり、その知恵でもって何かを企てよう思うかもしれないが、トップをひた走る、一流の俳優、詐欺師、手品師でもない限り、よほどの自信がなければ、ディズレーリの言う通りにした方が良い。

 

手品師

 

19世紀の天才興行師、P・T・バーナムは、

 

と言ったが、それでも、『誠実』という真実と対決するなら、黒星をつけることになるのだ。

 

『誠実に勝れる知恵なし。』

 

例えば以前私は、ある人と話になって、少し延長自我が過ぎたと反省した。延長自我とは、『我を押し通す』ということであり、『相手が聞いてもいないのにこちらの話をベラベラとしゃべる』というニュアンスの言葉である。

 

延長自我

 

言い訳としては、私は普段、吃音症の部下と向き合って話、助言、説教をする生活を10年以上続けているから、人が『相槌を打つ』とか、『返答をしてくる』ということに慣れておらず、(自分がしゃべらなきゃ)という感覚に支配されていたのである。そしてどうも相手との会話の後に違和感が残り、振り返ってみると(少し延長自我が過ぎたかなあ)と思い、すぐに謝罪のメールを打ったのである。

 

『偉そうだった』

 

と。それは、下記の黄金律に助けられてのことだ。

 

『失敗をすぐに認められるか、それとも隠蔽するかで人間の価値は決まる。』

 

その後、その人物との人間関係はよくなった。むしろその人からアプローチをすることが増えたのだ。しかしあのまま私が態度を改めていなければ、おそらく連絡は来なかっただろう。そういうある種の拒絶反応が出ていた。私がその人の人生を軽く否定したからだ。

 

確かに、偉人と向き合って見出した真理は厳かであり、永久不変として燦燦と輝き続ける守るべき光である。だが、目の前にダイヤモンドと水があった場合、多くの人がダイヤモンドに価値を向けるように、『水』という人間が生きていくために本当に必要なものに、みんながみんな、目を向け、価値を見出せるわけではない。

 

ダイヤモンド

 

その人は確かに現時点では、ダイヤモンドの方に目を向けてしまっている。そういう人が水の価値に気づくのはまだまだ先なのだ。思春期に親にあれこれと指示され、子供が反抗期を迎え、そして成長してから親の価値に気が付くように、真理というものはただ突きつけただけでは、一時的には不和が生まれることがある。

 

『知恵』ということだが、確かにその真理を知っている人は知識があると言える。だが知識があっても知恵がなければ知性があると言えないように、目の前で起きた不和を自分の力で主体的に解決することができなければ、単なる頭でっかちとなる。

 

自分で言うことではないが、私は誠実な対応をしたことにより、自分の知性を高め、その人から魅力的な人だと価値を付けられた。その人との関係を和解させたのは紛れもなく私だ。だが、不和を生じさせたのも私だということを、私は忘れてはならない。

 

『誠実に勝れる知恵なし。』

 

それはそういう意味でもある。

 

 

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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