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ヘルダー『どんな女の過失も男の責任である。』

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ふむ…。

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考察

良い方向に傾けば、女はうっとりする。悪い方向に傾けば、男尊女卑となる。私も男として、女に限らず、部下や子供といった対象を考える時、そのようにして考えることが男であり、責任であると自覚している。多くの人はそれで納得するだろう。包容力だとか、甲斐性だとか、器がなんとかとか言って、そうした人物を高く評価することになる。

 

だが、ここで考えたいのはその対象の人間についてだ。彼女らは、『女、子供、部下』である。そこには、初期設定として、自分よりも格下である、という図式が成立していて、だからこそ上司である、力が上である大人の男が、それを守らなければならない責任が発生するということになるわけで、それは見方を変えれば、相手の尊厳に対する侮辱にならないだろうか。

 

 

男尊女卑が当たり前の時代があった。そして現代では、それが差別的思想であるという風潮がある。では、そのどちらが最善の形なのかということを考えるなら、いちいちその時代がどうとか、そういう外部要因に流されずに考えなければならない。

 

男尊女卑も、そうじゃないも、全ては人為的に導き出された考え方であり、それらの要素はこの判断の決め手の材料にはならない。もし、『女の過失は男の責任』という考え方でいくのならば、男女の差は一生縮まることはないだろう。

 

しかし、レディーファースト、レディースデー、小人料金という考え方は、とても公正で、平等なように見える。だがそれでも、『女性は無料』という時、女性はそれを『ラッキー』として考えるかもしれないが、実際は女性客を『エサ』に利用しているだけ、という場合がある。だとしたら、女性は利用されてしまっているわけだ。尊重されているのではなく、利用されていて、それを利用しているのは往々にして男である。

 

そう考えると、最初からあまり男女の間に差をつけてはいけないような印象を得る。何もかもを平等にしなければ、結局男女の関係は平等にならない可能性が高いのだ。『女性がのびのびできる環境を、結局男が作っている。』という事実を考えた時、私はいつもある種の違和感を覚える。いや、私の場合は、極めて穿った見方をしている。往々にしては、ヘルダーの言う通りだ。

 

 

 

MEMO
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