Contents

ニーチェ『不当に非難することより不当に称賛してしまうことの方が、良心の呵責を呼び起こす。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

『良心の呵責(かしゃく)』というのは、『良心が痛む』ということだ。不当に非難することより、不当に称賛することのほうが良心が痛む。ということは、不当に称賛することのほうが罪悪感があるということで、罪が重いというイメージが浮かび上がるわけである。

 

しかし、不当な非難も不当な称賛も、同じ同調と追従がその原因にある可能性があり、だとしたら、自分の意志を埋没させ、周囲に同調、追従する人間の弱き姿勢は、往々にして良心の呵責を生むということになるから、別に、非難<称賛、ということにはならないはずである。非難も称賛も、同じように良心の呵責を呼び起こすはずだ。

 

だが、それを考えた上でもあえてそう言うならば、不当に称賛するという事実の方が、良心の呵責を呼び起こす、ということがどういうケースを指しているのか、を考えればいい。前述したような、同調、追従的に、周囲に流されて非難、称賛する、というケースではない可能性がある。つまり、主体的に不当に非難する、不当に称賛する、という選択肢を選んだのだ。

 

それならば、何か意図があって『不当』にそうすることにしたわけだ。そこには、そう判断した人間の『狙い』がある可能性がある。主体的に、不当にそれを歪曲して評価し、自分の思っているシナリオ通りにことを運ぼうとした。そういう時、『非難』だったら、ただ悪口を言ったり愚痴を言えばいいわけだが、『称賛』となると、本当はそうは思っていないのに、表層的にそういうお世辞を言い、例えば相手が子供だった場合、すっかりその気になってしまうことになる。たとえその道が間違っている道だとしても。

 

そっちの方が陰険である。計画性があるからだ。犯罪においても、計画的に行われたか突発的なものか、ということは、裁判の際に、その罪人の罪の重さを測る大きな判断材料となる。罪の重さ的に、不当に非難するのは=突発的であり、不当に称賛するのは=計画的である、という印象があり、こう考えれば、ニーチェの言葉はつじつまが合うようになる。

 

 

 

MEMO

※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

 

 

特別情報

当サイトにある500人の偉人の8000の名言は、ぎゅっと集約して『38』にまとめられます。人間がいる以上未来永劫廃れることのないこの情報を、決してお見逃しなく。

 

『38の黄金律』へ

 

名言一覧

名言一覧(厳選した500人の8,000の格言)

 

Pickup名言

8000の言葉から名言がランダムに表示されます。偶然あなたに突き刺さる言葉に出逢えるかも∠(`・ω・´)✧!?

名言AI

ウラジーミル・レーニン『百人の力は千人の力より大きなものでありえるだろうか。もちろんありえる。さらに百人が組織されていれば、実際にそうなる。』 森信三の名言・格言一覧 スティービー・ワンダー『私は盲目を悪い部分と考えていない。むしろ、それは人生の本質みたいなものと考えている。考え方、使い方で人生を良くも悪くもする。』

 

関連する『黄金律

『アウトサイド・インではない。インサイド・アウトだ。』

同じ人物の名言一覧

ニーチェの名言・格言一覧