『ヒト』を最適化しよう。

セネカ『罪を憎みて罪人を憎まず。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

罪を憎んで人を憎まず。この言葉と同じ的を射ている。人間から『罪』を完全抹消することはできない。それを理解したとき、これらの言葉の指し示す意味が、より鮮明に浮き彫りになってくるのを知るだろう。

 

聖書における『ヘブライ人の手紙』には、『父が子供を叱るとき』について、こう書いてある。

『神が自分の聖性を子に与えようとしているのだ』

 

つまり人間には『聖性と魔性』の両面がある。

 

 

その内、父が子を叱った場所には『愛(聖性)』が宿り、『魔が刺した』人間には『罪(魔性)』が宿っていることになる。だとしたら、見えて来るのは『聖性を優位にし、魔性を劣位にする』ということで、そこにあるのは、魔性と聖性の真剣勝負である。

 

『神=真理=愛』である。だとすると例えば、『欲望が疼いて、人の伴侶に下心を覚えた』というとき、『神、真理、愛』は、その欲望をどう処理することを望むだろうか。そのとき、自分の中の『聖性』と『魔性』が闘うはずだ。それこそが『ジ・ハード(聖戦)』なのである。そう考えると、なるほど、彼ら宗教の教えは本当は、こんなにも崇高で傾聴に値する。間違っているのは、それを曲解、援用した凡人であり、『真理』ではないのだ。

 

性欲、食欲、睡眠欲を筆頭に、人間からそれらの欲望を根絶させることは出来ない。それはつまり、『魔性を消し去ることは出来ない』ことを意味していて、『罪がなくなることはない』ことになるわけだ。しかし、『劣位』にすることは出来る。だとしたら、憎むべきなのは、闘うべきなのは、『魔性』であり『ウイルス』であり『負』であり、『罪』。

 

 

決して、(聖性を含めた)人間そのものではないのだ。

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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