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ハリール・ジブラーン『お互いに手をつなぐ時にも間をあけよう。』

ハリール・ジブラーン


レバノン作家 ハリール・ジブラーン画像


親しき中にも礼儀あり』というが、あまり慣れ合いすぎると、知らぬ間に相手に自分のエゴを擦り付けていて、それに従わないと腹が立つ、という悪い結果を及ぼす結果になる。

 

ある円満な夫婦の中には、寝室を分けて寝ている夫婦がいる。しかしそれが功を奏して、ある種の緊張感や新鮮さが保たれ、二人の愛が増す一方なのだと言う。

 

寝室

 

この反対に、もちろんベタベタと常に身を寄せて生活する夫婦もいるだろうが、子供がいても、あるいは歳を重ねてもずっとそれが貫けるだろうか。

 

もし貫けないのであれば、それは『冷めた』証拠だ。その要因の一つは『一線を超えた』ことにある。あまりにも一緒にいすぎて、慣れ合い、傷をなめ合い、相手が『一心同体』の様なものだと錯覚を覚えた。しかし実際は『一心同体』にはなりきれない。それが現実なのである。

 

たしかに、こういう考え方もある。ソクラテス・イエス・ブッダ 三賢人の言葉、そして生涯』の一文だ。

 

───▼

 

喜劇作家であるアリストパネスは演説でこう言った。

『かつて人間は二つの肉体が背中合わせとなった存在であった。』

 

一体となっている二つの肉体のどちらも男である場合、どちらも女である場合、そして男と女である場合(両性具有=アンドロギュロス)があった。

 

残念なことに、ゼウスの決定により、彼らの肉体は二つに分断された。それ以来、私たちは分離されてしまった片割れを求めている。元の肉体の組み合わせにより、求める片割れは男もしくは女である。アリストパネスによると、この探究こそが私たちが愛と呼ぶものである。

 

片割れ

 

愛とは、失われた原初の結合を回復しようとする欲求である。愛によって自分と一体であるべき片割れを見つけ出し、私たちの本来の姿を完全に回復できた時、私たちは最高の幸せを手に入れることが出来る。

 

───▲

 

つまり、『元々は一心同体だった』という伴侶への考え方である。何ともロマンチックで、とても良い。

 

だが、それが本当かはわからないし、もしかしたら違う相手と結婚したのかもしれない。そうじゃないなら、浮気、不倫、離婚という結論に至ったあらゆる夫婦は、どういうことなのだろうか。

 

相手と『一心同体』だと思うのは良いが、一線を越えすぎて、『所有物』のように扱わないように、注意しなければならない。

 

 

 

※この文章は全てオーナー独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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