偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け
運営者
考察
見えて来るのは『理性の有無』である。悪いと思っているから泣いて、悪いと思っていないから涙は出ない。本能のままに、野性的に、自分の命を守るために他の肉を食う。それが野生の狼という存在であり、思慮の持たない動物の実態である。
もし、『泣く』のであれば、それは『命の尊さ』をわかっていて、それによって悲しむ相手の家族のことや、それまでの思い出が頭をよぎるような、そういう発達した脳を持った動物ということになる。
しかし、そんな動物はいない。
…いや、いた。『人間』である。
人間は、ベジタリアンや動物愛護団体の活動を見て見ぬフリして、今日も明日も、自分の口に慣れた動物や魚の肉を食らい、人生を意気揚々と生きているわけだが、人間は狼とは違い、『見て見ぬフリ』をしているのだ。ここがポイントである。悪いと思っていて肉を食べるのと、悪いと思っていないで肉を食べる。同じ肉を食べるという行為だが、一体どちらがより『悪』に近い行為なのだろうか。
しかし、ドイツの哲学者、ヤスパースは言った。
そんなことを考えているのは人間だけなのかもしれない。この世には善も悪も無く、我々人間も単なる、宇宙の片隅にある地球に住む、一過性の動物に過ぎないのかもしれない。
関連リンク:ルフィ『海賊は肉で宴をやるけどヒーローは肉を人に分け与える奴の事だ!!おれは肉を食いてェ!!!』
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
こうして名言と向き合って一つずつ内省したその数『8000』。では、なぜ「1万」ではないのか──それは、内省の後半になるにつれ、『同じ的を射る言葉』が増えてきたからです。そして私はその浮かび上がった真理を、『38の黄金知』としてまとめました。
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