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孔子『本当に悔いている者を責める人間は無能だ。本当は悔いていない人間を責められない人間も無能だ。』


孔子の言葉


儒教の始祖 孔子(画像

 

私も、特に男に対しては暴言など日常茶飯事のように吐くが、それは、相手が『本当には悔いていない』からだ。

 

(どうせ僕は)

 

などと言い訳がましくほざいて被害者ヅラをし、悲劇のヒーローを気取って負のオーラを放出し、自分だけじゃなく、周囲の人間をも巻き込もうとするその軽薄な考えを、指導者が許すわけがないだろう。

 

藤木と山田に書いた。

 

いつだって人は、藤木の様なマイナス思考で生きる選択肢と、山田の様なプラス思考で生きる選択肢を与えられているのだ。それは、すべての人間、全員に、平等に。

 

だから当然マイナス思考なのであれば、それは『矯正』する。もちろん最初は優しくやるが、何度言っても聞かないのであれば、『強制的な矯正』をするに決まっているのだ。『歯の矯正』を考えれば一発でわかることだ。あれは、対象者の歯を整えるためにやることなのだ。決して相手の人格を捻じ曲げるための矯正ではない。

 

当然、凸凹の歯であればあるほど、強制的な矯正になるだろう。それは当たり前。至極当たり前の事実として受け入れて、それで終わりだ。それ以上余計な私情を挟む必要は一切ない。

 

だが、相手が『本当に悔いている』場合はどうだろうか。それは見極められるだろうか。相手の失態に憤慨し、手が出るほど熱くなって激昂しているまさにその最中に、いつも通り下を向いて現実逃避しているだけの対象者が、『本当に悔いている』かどうか、見極められるだろうか。

 

答えは、『出来る』である。『本当に悔いている』人間は、違う動きをする。それでピタッと指導者の手を、口を止めることが出来るのだ。これは私が断言しよう。つまり、いつも通りの態度しかとらないんだったら、それは『本当に悔いている』のではなく、単なる怠惰だ。

 

怠惰する(ぬるま湯につかっている)人間には、怒鳴り散らしても(熱湯を注ぎ込んでカツを入れても)問題はない。いやむしろ、そうしなければならない。だが、『本当に悔いている』人間はさきほど言ったように、いつもとは違う行動をとる。それはさしずめ、『自分自身で熱湯をかぶる』行動なのである。

 

私も、6年間で3回あるかないかだが、対象者がそれをやった時、自分でも不思議なくらいピタッと説教の口が止まり、こう言った。

『やるじゃねえか。それでいいんだよ。最初からそうすりゃ誰も口出ししねえよ。 だがお前は、口出しされるような生き方をして、どうせいつものように被害者ヅラをすれば口出しをされないと、人生を舐めて生きていた。それで本当に口出しされなければ、お前の心が更にあらぬ方向に捻じ曲がるのだ。

 

だから口出しされてきたのだ。それはごくごく当たり前、当然のことなのだ。ところがお前はそれで腐った。悪循環とはまさにこのことだ。黙り込んで下を向いて、それで説教が終わったらまた同じ失態を繰り返して。これを100回、200回と繰り返して、そのうち俺が諦めるとでも思ったのだろうか。

 

いや、絶対にそれはない。

 

俺だけが挫折して諦め、屈して病んで投げ出して、そんなことがあるとしても俺はお前を道連れにして死ぬぞ。そういう気持ちがようやく連鎖しだしたのだろう。お前は今日、『熱湯を被ってみた』。すると、馬鹿みたいに簡単に、状況がガラリと変わった。

 

(自分で自分に厳しく出来るなら、俺がその役割を担う必要はない)

 

そういう空気が流れ、俺がその『損な役割』を降りることが出来たのだ。』

 

確かにそれは一時的なことではあった。しかし、本人が『本当に悔いている(熱湯を被る覚悟を見せた)』のであれば、むしろ、こちらは責めることなど出来ないのだ。そういう空気になるのだ。ならないのであれば、それはエセ(本気の様で本気でないだけ)なのである。

 

 

参照:厩焼けたり。子、朝より退きて曰わく、人を傷なえるや。馬を問わず。

(郷党第十-十三)

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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