名言を自分のものにする

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経集

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

 

 

 

『内弁慶に成り下がるな。』

 

125

内弁慶とは、外面はいいが、身内となるとえばり散らして見せる人間のことである。文字通り、弁慶のように強そうにふるまって見せるということだ。だが、こういう言葉がある。『偉そうな人に、偉い人はいない。』

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『最低の人間とは』

 

116

すぐにカッカと怒る人。いつまでも恨みを忘れない人。自分の欠点を隠そうとする人。自分を実際より良く見せようと親切を押し付ける偽善者。ブッダが言うこれらに当てはまる人間は、要注意だ。これについては私も久々に、耳が痛い。

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『仕返ししたら負けだ。負けたいならすればいい。』

 

932

私は繊細な心を持っている。10代の頃は友人によく、ガラスのハートと言われていた。そして、このブログをすべて見ればわかると思うが、複雑な思考回路を持っている。一つの問題を提起すると、それが解決するまで頭の中の脳番地でパス回しをし、迂回脳で持ってぐるぐると脳という脳を使う。

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『自我を支配し、それを”延長”させるな。』

 

862

言い負かされそうになったり、自分より優れた相手を見たりすると、頭の中に不快な脳内麻薬が放出されるかのごとく、我を忘れ、むやみに人を批判したり、揶揄したり、攻撃してしまうものだ。

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『無敵のバリアを手に入れよ。』

 

1

毒に侵されれば、体に毒が回り、放っておけば大変なことになる。これは、毒だけではない。人間の『負の連鎖、怒りの連鎖』とて同じことだ。理不尽や混沌を目の前にして、平然といられる方が異常だ。

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『幻に浸りたければ、みんなからの評判に耳を傾けよ。』

 

928

他人からの評価に自分を支配されている人間が実に多い。他人からの批判、他人からの称賛、批判されれば嫌な気持ちになり、称賛されれば浮ついた気持ちになる。

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『勝って奢らず、負けて腐らず。』

 

702

批判されても、称賛されても、自ら鍛え上げた克己心でもって、平常心を忘れてはならない。批判されてくよくよすることがマイナスだということはわかるが、称賛や、尊敬をされていい気になるのも、実はマイナス要因なのだ。

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『平等に考えよう。公正に考えよう。』

 

951

『我他彼此(がたぴし)』とは、物と物とがぶつかり合って慌ただしそうな音を立てるさま。また、その音。あるいは、人間関係や組織の機構などが円滑でないさま、を表す表現である。

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『一人前と一流。その溝は、普通の人では見えない。』

 

783

とかく、人間とは自分のしたことを人に認めてもらいたいものだ。これは、『自己承認欲求』として、人間に当たり前のように植えついている、インプットされている本能の為、誰しもがもっている欲求だ。それ自体は、罪でもなんでもない。

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『浮ついた自己アピールによって、自分の格を下げるな。』

 

782

『延長自我』とは、聞かれもしないのに自分のことをひけらかし、自分を大きく見せようとする、人間の浅ましい心のことである。『延長』というのは『線から出ている、一線を越えている』という意味。本来の自分の身分を、不相応に超えてしまっているということだ。

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『専門用語でまくしたてる人間は、自分に自信がないことを公言しているようなものである』

 

841

私は『見栄』がトラウマ的に大嫌いだから、専門用語を使って人よりも優位に立とうとすることは幼少の頃から意識的にしてこなかった。しかし成長し、成人した私の周りには、こういう人間がいなくなることはなかった。

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『人と張り合う虚しさを知れ』

 

918

人と張り合うということは、『見栄』に支配されているということである。 私は見栄に支配されている人間が、トラウマに近いほど敏感だからよくわかるが、何と無様で、醜いことだろうか。

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『傲慢に陥ると、すべて水の泡になると戒めれば、陥るわけにもいくまい』

 

896

アメリカの心理学者、アブラハム・マズローが提唱する『マズローの5段階欲求』はあまりにも有名だ。人間とは、このピラミッドの下から順番に、欲望を満たしていく生き物だ。

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『そもそも、人と競うな』

 

830

競わなければ優劣などつかない。勝ちも、引き分けも、負けもない。人を負かそうと思い上がることもないし、人に勝ったと思い上がることもない。ましてや、人と引き分けなどという錯覚に陥ることもない。

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『優越感と劣等感。この二つは、本当に必要か?自問せよ』

 

829

人と比べて『優越感』に浸る。人と比べて『劣等感』に陥る。この二つは本当に、人として絶対に必須なのかどうか、自問せよ。もし『絶対に必須』ではないのであれば、なぜそれに支配されてしまっているのかも、自問せよ。

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『思考を切り替える訓練をせよ。それには人生経験が必要だ。』

 

895

これは私が実証済みだ。私も以前は、20代前半あたりまではそれが出来なかった。自分の意見に固執して、頑なに変えなかった。それには確かにそうなった要因があった。

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『”自信”と”過信”の違いを知れ』

 

930

自分を信じることはいい。とても素晴らしい。それがなければ、この答えのない混沌とした、先が真っ暗で不透明な道に光を照らし、人生を生きられない。

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『本来は、特定の宗教や人への信仰は必要ない。』

 

853

そもそもブッダは自分を超自然的存在、神として崇められることを拒絶していた。そういうことではない。それで答えは見つからない、と。

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『表裏的な人間の罪深さを知れ。』

 

127

私のごく身近にも、『迷惑をかけたくない』などというセリフを言って、『出来るだけ努力する』 とか、『頑張ってみます』などというNGワードを連発する人間がいる。

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『逃げても無駄だ。だが、なぜ絶望に浸る必要がある。逃げなければいいだけだ。』

 

671

『逃げる』というのはマズローがいう『5F』にもある。逃走欲(Freeing)。(その他にも、性欲(Fucking)、闘争欲(Fighting)、群衆欲(Flocking)、食欲(Feeding))人間は生き延びるために、逃げ回ってきた。

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『”ある”のは本当に幸せなのだろうか。』

 

950

増やすのではない。『減らす』のだ。減らすと、元にあって当たり前だと思っていた事実が、『当たり前ではなくなる』のだ。

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『死んだら終わりだ。それは暗い話ではない。だとしたらやるべきことは一つだ。』

 

807,849

『終わり』と聞くと、なんだか暗く考える人がいるだろう。しかし例えば、『壮絶なレースのゴールテープを切った瞬間』を想像するとどうだろう。

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『この世界に拠り所などない。それを探すのではなく、それを理解することに目を向けるべし。』

 

937

拠り所を探しているからこそ、拠り所が崩れたときに、自分の体調を崩すのだ。そのことについて考えたことがあるだろうか。

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『私は固執しない。それは執着だからだ。執着は罪である。心を乱す源である。』

 

837

私は映画を観ることがとても多い。幼少の頃から見ていて、父親の影響もあってか、特殊部隊が活躍するような映画をよく観た。まあ、大体映画の主人公たちは、特殊部隊だろう。

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『眠るときでさえ、人は動いている。だとしたら人間はやるべきことは一つだ。』

 

151

『人間は』と題打ったが、実際は他の生命も眠るときに動いている。しかし、人間は地球のリーダーだ。それを考えれば、責任は他とは一線を画す。

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『分け隔てない人間関係を築けているか。いないなら、それは人間の姿ではない。』

 

150

人間が在るべき姿が、『人との間に分け隔てがある』わけがないだろう。『人との間に分け隔てが無い』のが在るべき姿だ。

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『人を騙さない人は大勢いても、軽んじない人は意外に少ない。』

 

148,149

『人を騙す』という行為は、往々にして故意に行われる。だから、(騙していない)という意識が植えつきやすいが、

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『全ての生命が、安穏でなければならない。』

 

146,147

安穏(あんのん)とは、穏やかで、何事もなく、落ち着いているということ。その逆は『殺伐』である。

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『感情に身を任せない。いや、というよりも、信号に身を任せないよう心掛けよ。』

 

736,737

『信号』というのは、『感情』よりもずっと事務的で、機械的な感覚である。要は、『感情に身を任せないのは、人間じゃない』という声が聞こえてきそうなので、『信号に身を任せるな』という表現をしているのだ。

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『苦しい?それはしがみついているからだ。執着しているからだ。』

 

728

人間は快楽を感じると、脳内に報酬系物質のドーパミンが放出される。美味しいご飯を食べた時、大好きな人と一緒にいるとき、

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『自分の身体の構造が見えないのは、幸か不幸か。』

 

196,197

自分の身体の構造は、本当は知っている。人体模型か何かを一度は見ているからだ。

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『表面を気に掛けるのはわかる。わかるが、人がいなければそれをやらないと思うと虚しい。』

 

195,196

人間はとかく人目を気にする。人からどう言われるかを気にして意見し、人からどう見られるかを気にして振る舞い、

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『歩く、立つ、座る、寝る。伸びる、縮む。これだけだ。これだけしかできない。』

 

193,194

自分の身体はそのようにしか動かない。だが、逆に言うと、よくもまあそれだけしかできないのにも関わらず、ここまで多様性が表れるものだ。

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『苦しい理由は外部にはない。内部にあるのだ。』

 

271

苦しい理由、苦しむ理由、苦しめる理由、それは往々にして、『外部』にあると人は思う。

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『泥、星。二つともこの世の森羅万象の一つだ。だが、なぜ泥を見る必要がある。』

 

269

『刑務所の鉄格子の間から、二人の男が外を見た。一人は泥を眺め、一人は星を眺めた。』このことについて考え抜く必要がある。もしかしたら彼らは、冤罪で刑務所に入れられたのかもしれない。

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『浮ついたり落ち込んだりして一体どういうつもりだ。一度そのことについて考えてみよ。』

 

268

調子に乗って浮ついて、調子が落ちて落ち込んで、まるで赤ん坊の様だ。なぜ赤ん坊のままでいるのだ。

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『アウトサイド・インではない。インサイド・アウトだ。』

 

267

『アウトサイド・イン』というのは、自分のうまくいかない状況の責任を、周りや環境のせいにする考え方である。

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『打たれる、受け入れる、取入れる。』

 

266

打たれる、受け入れる、取り入れる。この共通点は、『外部からの要因を吸収する』ということである。つまり、自分の得につながるのだ。やらない理由はない。

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『満足しようと思えばいつでも出来るはずだ。贅沢を追い求めるから足りないのだ。』

 

265

ソクラテスは言う。『満足は、自然の与える富である。贅沢は、人間の与える貧困である。』彼の言う通りだ。

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『その欠乏感を解消するのは簡単だ。執着をやめるだけだ。』

 

264

自分の言動を無意識に取ってしまっている人がいる。気づいたら寝転がっている。気づいたら愚痴を言っている。

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『1の仕組みを理解せよ。その5は、まず1,2,3,4と、手順を踏んだから出現したのである。そして1の前には…』

 

263

私は5年前、『『1』の仕組み』という概念をブログに記載したが、なんと今回のブッダの言葉はこれと同じことを突いている。

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『一人占めしようとする人間は、まるで純金より金メッキの方が価値があると勘違いしている人間である。』

 

263

一人占めしようとする人間、ケチな人間を、私も多くこの人生で見てきた。彼らの共通点は、『自信が無い』ということである。

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『家族思いになれる人生は、最高の人生だ。』

 

262,263

つい先日いたたまれない殺人事件が起きた。同級生を無残なやり方で殺害したというのだ。

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『心の教育は時間がかかる。本人、あるいは教育者はこのことを肝に銘じるべし。』

 

261

だが、時間をかけて行う教育と、時間をかけずに時短的に行った教育では、何か違いがあるだろうか。

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『自分の武器となる物は様々だ。剣を使う者もいれば、弓を使う者もいる。それでいい。』

 

261

考えると当たり前で、自分たちには環境の差異や、能力の差異がある。性別も違う。だから、それらが皆、同じ武器を使いこなすわけがない。

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『車の運転事故がある。そして、無いこともある。それはなぜだと思うか。』

 

260

それは簡単だ。ルールを違反したのである。ここにはもちろん『ルールを守れる状況じゃなかった』というケースも入る。

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『身分相応と、身分不相応という言葉を知ると、人として一気に上に行ける。』

 

260

知っているようで知らないのが、この言葉だ。例えば『知っている』と言ったとしよう。なぜそれを言ったのか、自問してみるといい。

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『いつも心が乱れている様な人とは一緒に居ない方が良い。つまり、自分を過信しないこと。人間を過信しないこと。』

 

259

一見するとこの言葉は、何かこう排他的なような、自分だけが生き延びればいいというような、冷たい人間の印象も持つ。

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『まさか、損な役を買って出て、自分の心の汚れに手を突っ込んでくれた人間を、友人ではないと無下にしてはいないだろうな。』

 

255

損な役を買って出て汚れに向き合ってくれるような、そんな貴重な人間を、無下にしたことはあるだろうか。

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『まさか、間違いを正してもらったことを捏造するような人間が、友人だと思っているわけではあるまい。』

 

120

相手のことを本当に思っていればいるほど、当然、おべんちゃらや媚びへつらいをし、表層的にだけ仲がいいように振る舞うような真似に甘んじることはない。

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『まさか、表面的なことが整っているからといって、彼が人格者だと思っているわけではあるまい。』

 

254

重要なのは表面ではなく、内面である。表面などいくらでも取り繕えるし、着飾れる。だから表面に出ていることなど、着眼点として相応しくない。

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『欠点や美点で判断するような人間を、まさか友人だと思っているわけではあるまい。』

 

253

そういう人間は多い。実に多い。例えば、『『中国古典』の教え』の『史記』にある、

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『テイク(貰う)しておいてギブ(与える)をしない。まさか、そんな人間が友人だと思っているわけではあるまい。』

 

75

私も随分『ギブ』をしてきたからよくわかるが、それに対して『テイク』だけの人間は、往々にして今、付き合いが無い。彼らはまるで、こちらからの恩を仇で返すような考え方をしていた。

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『違和感を覚えるなら無理する必要はない。往々にしてその違和感が正解だ。』

 

48

『違和感』とは、往々にして『心底の声』と言うこともできる。『心底にいる自分』というのは、大体自分のことを良く知っている。心底の反対が、『表面』だとしたらわかるはずだ。

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『孤高なら理解者がいなくても屈する必要はない。粉みじんもない。それを断言しよう。だが…』

 

47

簡単な話だ。『赤信号、みんなで渡れば怖くない。』と言うが、赤信号は『とまれ』だ。

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『真の友がたまたま周りにいなくても全く問題はない。』

 

46

同級生、ご近所、知人、知り合い、顔見知り。友人の中にも実にいろいろ呼び名があって、それに相応な関係の深さがあるが、例えば上に挙げた人々との関係性の深さは、どれぐらいのものだろうか。

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『真の友はたまたま周りにいたその人とは限らない。』

 

45

もし『たまたま周りにいた人が友人』なのであれば、幼稚園や小学生低学年の頃遊んでいたはずの人々はどうする。

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『呪い?そんなものがあるのならほとんどが人殺しの子孫だぞ。』

 

136

『呪い』などという負の連鎖があるというのなら、人は末代まで呪われる運命だから絶滅してしまった方が良い。

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