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カントが認めた男ルソーの言った『一般意志』とは何か?

もう一人の四聖、イマヌエル・カントが『アプリオリ』で人間の尊厳を主張

 

上記の記事の続きだ。様々な哲学者たちが、『真理(神)』に目を向け、その実態の解明に勤しんだ。だが、人が違うから『それ』に対する解釈も人それぞれだった。そういうことなのである。そしてとりわけカントは、その『解釈』が見事だったということだ。

 

そのカントが言った言葉にこういうものがある。

 

各人の誕生年

ジョン・ロック 1632年
バークリー 1685年
ヒューム 1711年
ルソー 1712年
カント 1724年

 

実は、ドイツの哲学者カントの前に生まれた、あるフランスの哲学者がいる。ジャン=ジャック・ルソーである。

 

 

カントは、ルソーの書いた『エミール』についてこう語っている。

 

カント

散歩を忘れたほど面白かった!

 

ルソーは『社会契約論』を主張した人物の一人だ。下記の記事に書いたように、社会契約論を主張したのは他にもいるが、

 

  1. トマス・ホッブズ
  2. ジョン・ロック
  3. ルソー

 

この三人は『三大社会契約論』を主張した人物として歴史に名を刻んでいる。

 

トマス・ホッブズは『リヴァイアサン性』を国家に譲り渡すことが平和へのカギだと主張した 英国経験論の三大哲学者『ジョン・ロック、バークリー、ヒューム』の哲学とは

 

STEP.1
トマス・ホッブズが『社会契約論』を提唱
『リヴァイアサン』を用いて、民衆を国家に服従させるシステムを主張。
STEP.2
ジョン・ロックがそれを更新
社会契約論自体はいいが、民衆に『抵抗権』、『革命権』があるべきだと主張。
STEP.3
ルソーが更にそれを更新
階級、財産、身分の人工的な鎖をすべて打ち壊すよう主張。

 

まずトマス・ホッブズが国家と民衆の関係性を主張した。しかし、その主従関係に首を傾げたジョン・ロックが、そこにある格差をなるべくなくそうと主張。更にそこに現れたのがルソーで、ルソーの場合、いっそのことすべてを自然状態に戻そうと主張したのだ。

 

 

ルソーが書いた自身の著書『人間不平等起源論』の文中にはこうある。

「人間が一人でできる仕事(中略)に専念しているかぎり、人間の本性によって可能なかぎり自由で、健康で、善良で、幸福に生き、(中略)しかし、一人の人間がほかの人間の助けを必要とし、たった一人のために二人分の蓄えをもつことが有益だと気がつくとすぐに、平等は消え去り、私有が導入され、労働が必要となり、(中略)奴隷状態と悲惨とが芽ばえ、成長するのが見られたのであった」

 

  • 階級
  • 身分
  • 貧富
  • 差別

 

このようなものがあると、確かにそこには格差が生まれ、人間関係が不平等となる。ルソーは、

 

ルソー

元々人間は、平等だったはずだ!

 

と言って、自然状態に戻ることが最善だと考えた。下記の記事、つまり『神話が生まれた頃の時代』にまでさかのぼってみよう。

 

人間に初めてルールが作られた瞬間とは? 人間を統率するためには『人間以上の存在』が必要だった!

 

狩猟採集中心の原始時代は、紀元前5000年より前だ。

 

原始時代
有史以前の時代。記録がない時代。

 

しかし、人間の集団生活の規模が大きくなり、徐々に人間の暮らしにも変化が起き始める。

 

STEP.1
人間の集団生活の規模が大きくなる
STEP.2
農耕と定着生活が始まる
STEP.3
氏族団体が部族団体に拡大
STEP.4
部族が連合して部族連盟が形成
STEP.5
部族連盟の規模が大きくなって古代国家が作られる
STEP.6
人間の集団生活に新しい秩序が必要になる

 

このような変化によって、次第に秩序を求めて『神話⇒宗教』へと変化していく。

 

神話 狩猟採集時代に生まれた 自由でめちゃくちゃな発想
宗教 農耕社会を作る過程で生まれた 秩序を作るためのきっちりとした規範
神話=『めちゃくちゃ(混沌)』。宗教=『きっちり(秩序)』の理由

 

宗教の力があれば人々はまとまった。つまり『神の力』だ。最初はそのようにして、人々は集団をまとめていった。だが、徐々に人間の集団化が進み、力のある者とそうでない者との間に格差が生まれるようになる。部族が国になり、国が帝国になる。

 

ローマ帝国を力づくで作った時、帝国内の『宗教観の違い』の問題はどうクリアした?

 

キリスト教の特権の乱用問題もそうだ。権力を持った人間や集団が、越権行為にひた走り、人々は堕落に陥った。

 

キリスト教が支配した中世の1000年間では哲学はほとんど発展しなかった

 

つまりルソーは、こうした人工的な秩序が自然状態の平等、愛、幸福を破壊したと考え、これらを克服するために『新しい社会契約論』を提案したのである。それが『一般意志』を軸にした考え方だ。

 

特殊意志 個人の意志
全体意志 個人の意志の総和
一般意志 個人の利益より全体の利益を優先させる意志

 

 

この一般意志を軸にして考えれば、国民一人一人の主体性と権限は引きあがり、すべてが平等となり、腐敗や埋没の可能性を抑制できる。

 

『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』にはこうある。

一般意志とはなにか。それは人民の総意である。これが普通の理解だ。この定義で多くの読者が理解するのは、おそらくは漠然と『世論』と呼ばれるものだろう。実際に、ルソーは『社会契約論』のある箇所で、一般意志を世論と並べてもいる。したがって、一般意志をおおまかに世論のことだと捉えても、ルソー理解の出発点としてそれほど悪いわけではない。しかし、ルソーの文章を実際に読むと、彼の規定がわたしたちがいま『総意』や『世論』という言葉で想像するものとはかなりかけ離れていることにも気づく。

 

先ほどの表に、『世論』と書かずに『個人の利益より全体の利益を優先させる意志』と書いたのには理由がある。世論というのはどちらかというと『全体意志』の意味に該当する考え方だ。

 

男性A

俺はやめた方が良いと思うんだよ。

 

まずこれが『特殊意志』だ。これは個人の意見である。次に、今の意見も含めて、下記のような意見があるとする。

 

俺もそうだな。

男性B

女性A

私もそう思うわ。
私はそうは思わないわ。

女性B

 

これらはすべて一つ一つが特殊意志だ。そして、まとめて考えると『全体意志』だ。『みんなの意見』ということである。するとそれは『みんなの意見=世論』ということになる。だから、『全体意志=世論』という解釈で、ほぼ間違いはない。だが、最後の女性だけが、反対意見を出している。そしてこの場合、もしこの女性だけが正しいことを主張していたとしたらどうだろうか。

 

そう考えると、こういう図式が頭に浮かぶことになる。

 

世論≠真実

特殊意志<全体意志<一般意志

 

つまり、世論は必ずしも真実ではなく、一般意志は、特殊意志よりも、それをまとめた全体意志よりも、少し高い位置にある概念ということになる。

 

例えば、ソクラテスが『無実なのに処刑された』例で考えてみよう。ある時ソクラテスの『相手に自分の無知を知らしめる行為』を悪く思ったアニュトス、メレトス、リュコンは、彼を訴え、裁判で死刑を求刑するよう画策した。ただソクラテスはその裁判で一切自分の自己弁護をせず、むしろ当然のごとく無罪を主張した。もしソクラテスがこの裁判で『彼らの機嫌をうかがっていた』なら、もしかしたらソクラテスはここで死ぬことはなかった。しかし、ソクラテスはそれをしなかった。

 

そして幼馴染のクリトンに脱獄を勧められても断り、逃げることなく、死刑を受け入れた。彼曰く、

『これまでの生涯で一貫して私が説いてきた原則を、不幸が訪れたからと言って放棄することはできない。』(『クリトン』46)

 

そしてソクラテスは最期にこう言ったのだ。

『お別れのときが来た。君たちは生きながらえるため、私は死ぬために別れるのだ。君たちと私のどちらがより幸福なのだろうか?答えることが出来るのは神のみである。』(『弁明』42A)

 

 

その後、アテナイの人々はソクラテスを刑死させたことを悔やんで、ソクラテスを告訴したメレトスには死刑の判決を下した。その後人々はポンペイオンにソクラテスの銅像を作り、彼を讃えた。

 

 

この例で考えると、ソクラテスは『全体意志(みんなの意見)によって、無実なのに殺された』わけだ。この裁判所にいた人の『特殊意志(一人一人の意見)』も、『全体意志』も、間違っていたからこそ、ソクラテスは処刑されることになった。そう考えると、この『一般意志』の重要性が見えてくるようになる。一般意志とはこういうことがないように、全体意志がカバーできない要素を補う、一つレベルが上の概念なのである。

 

簡単に言うと、このソクラテスのような事例が起きないようにするための、『正しい意見』というのが、この一般意志だ。世論は間違えることが多い。だが、それに支配されない一般意志は、常に人々を正しい判断に導いてくれるというわけである。

 

ただしルソーはこう言っていて、

しかし、これらの『全体意志を構成する』特殊意志から、相殺し合うプラスとマイナスを取り除くと、差異の和が残るが、それが一般意志なのである。

 

先ほどの本にはこうある。

一般意志は政府の意志ではない。個人の意志の総和でもない。そして単なる理念でもない。一般意志は数学的存在である。

 

実は私がした解釈は、ルソーの真意を捉えていない。だが、とにかくルソーはルソーなりに、ソクラテスのような事例を出さないように(不平等なことが起きないように)考えたのである。そしてこのルソーの考え方は、後のフランス革命の根本理念『自由、平等、愛』の基礎となった。

 

この時代は革命がそこら中で行われいて、ルソーの国フランスでは、国王であるルイ16世が処刑される等、あまりにもショッキングなことが起きた。そういう人々の思想が混沌としている中、

 

人はどう在るべきか?

国はどう在るべきか?

 

という疑問を持つことは当然だったのである。

 

ルソーは言った。

 

この言葉は、真理である。

 

 

 

 

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