『ヒト』を最適化しよう。

カルガラ『鐘を鳴らして君を待つ!!またいつの日か必ず会おう!!親友よ!!』

理性は『堰(せき)』、感情は『水』。人は日々、その喜怒哀楽という感情の水を、暴流させること無く、理性で堰止めしている。だが例えば私の部下である一人の従業員のように、 ひどく精神的に弱く、自分を甘やかし、 いつも私利私欲による衝動に突き動かされては失敗し、猛省し、やむを得ず罰則を食らい、それでも抑えられずに罰則がどんどん悪化し、そしてそれを繰り返し続ける者もいる。

 

彼の場合、実にもう4年以上もその繰り返しである。これほどまでに繰り返してしまう要因の一つは、『主体性』の無さである。つまり、外部要因、上司である私の叱責だとか、罰則だとかいう、外部の力によって圧力をかけられ、制裁されて、初めて反省するという、このスタンスに大きな原因がある。彼が粗相をするタイミングはもうパターン化されている。『水の量(浮ついた感情の流れ)が活発になったとき』、あるいは、『堰止め(外部からの圧力)が外れたとき』である。

 

再三再四、実に4年以上もの間、喉から血が出るほど説教し、全身全霊で叱りつけてきて、本人も嫌と言うほど反省に反省を繰り返してきたというのに、一瞬にしてそれをリセットするかのように『同じ失敗』を繰り返す様子を見ると、『堰止め』が外れて溜まっていた『水』が暴流し、抑えることができなくなってしまうその現象と、瓜二つだという事を思い知る。

 

だが、俯瞰的に考えると、人間とはそういうものだ。心があり、感情がある。それをあまり自制しすぎると、ロボット化する。そう考えて、感情的に人生を生きる人も、多いだろう。どこまで抑えればいいか、どこでその堰を外せばいいのか、そういうことを教えて考える真の教育と、人々は真剣に向き合わなければならない。

 

我々の人生をよりドラマチックに演出してくれる、『堰(理性)』と『水(感情)』。誤解もあるだろう。挫折もあるだろう。思い通りにいかないこともあるだろう。だが、この人生を諦めることさえしなければ、この”儚い”人生に、 “尊い”ドラマが、必ず生まれる。

 

『ノーランドォ~!!!また来いっ!!!この地で俺はお前を待っている!!ここでずっと鐘を鳴らし続ける!!俺達はいつでも…!!ここにいるから──また来る日のお前の船が海で迷わないように!!嵐の中でもこの島を見失わないように!!鐘を鳴らして君を待つ!!!!またいつの日か必ず会おう!! 親友よ!!』

 

諦めるな。疑うな。艱難辛苦を溜めた分だけ、大きな喜びとなって、帰ってくる。それはまるで、堰止めされていた、ダムの水のように。

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
※画像は以下の参考文献から引用しています。
 
一言
この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。