『ヒト』を最適化しよう。

ドリー『理由など、とうに忘れた!』

私が初めて『男らしさ』を学んだのは、小学校低学年の頃に父親が買ってきた、『魁!男塾』の超硬派な世界や、シュワルツェネッガーの戦闘映画だった。私は手当たり次第に彼女を作ることなどないので、よく、

『なんで彼女作らないんですか?勿体ない!』

 

と言われることがあったり、私の周りには常に女性がいないが、この女人禁制的な硬派な考え方は、この幼少期にプログラミングされたといっても、過言ではない。ナンパなどもってのほかだ。かつて先輩の遊び人が、

『雄治君、もったいないよ。俺が君の顔だったら遊びまくってるね。考えてみなよ。野球のバッターだってさ、打率3割だったら好打者なんだから。ナンパもとにかく声をかけなきゃ!』

 

と助言してくれたが、残念ながら私の心にはまったく響かない言葉となって消えた。(そこまでして躍起になるのは無様だ)『女々しい』ことを本能から嫌ってしまうのだ。女性には『女々しい』という言葉を使うことはないが、『受け身』だったり、『守り』だったり、『陰険』だったりする行動は、女性独特の性質だとしても、私は好めない。男がそれをやったとしたら、なおのことである。

 

そして、男としての『強さへの追求』を学んだのは、なんといっても『孫悟空』からだ。この漫画は、自分の人生の一部だ。強さへの徹底的な追及。諦めない心。純粋な気持ち。そして個人的に印象深いのは、『スカウターに反応しない人間が、本当に強い人間』だということである。世の中には、スカウターにすぐ反応してしまうような生き方をする連中が、大きな顔をしたりしている。だが、本当に強い人間はどういう人間か、この漫画は教えてくれたのだ。

 

男とは、皆、戦士である。

 

 『理由など、

とうに忘れた!』

 

私も剣道とボクシングを少しだけかじったが、その時に感じた本能というのは、時間を忘れさせ、自分の限界を忘れさせ、疲れよりも、痛みよりも、生きがいがそれを上回っていた。やめてしまったのは、他にやることがあるから。仕事をしなければならないし、お金がなければならないし。今の世の中、やることはたくさんある。だが、何度こう考えただろうか。

 

(このままずーっと剣の道を極められたらな…)

 

(このままずーっと武道が出来たらな…)

 

生粋の戦士であるドリーとブロギーは、お互いの誇りをかけて戦っている時だけ、生きていると感じることができるのだ。男とは、皆、戦士である。

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
※画像は以下の参考文献から引用しています。
 
一言
この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。