『ヒト』を最適化しよう。

トム『わしの身に何が起きても わしは町の力になれる わしの夢はやっと走り始めたんだ…』

この世には、多くの人間が居る。家族、知り合いも含めたその人口数は、今や70億人を超えた。40年後には、90億人を超えるという。つい先日まで、”60億分の1″という言葉をよく耳にしていたくらい、60億人が当たり前だった人口が、あっという間に10億人増えた。もちろん、現時点で10億人を超える人口を誇る大国である、インドや中国、アフリカがその人口の大多数を占める。日本でいえば、逆に人口は落ちると予測されているくらいだ。いわゆる、”少子化”と、”高齢化”、それに、”生涯未婚”が増えていることも、影響するだろう。

 

ではこのままいくと、インド人や中国人が世界の人口の、半分以上を越えることも当然あり得るわけだが、それは、”この世の常識”に、どう影響するだろうか。宗教のバランスにも影響がある。今、キリスト教の人口が各宗派を合わせて20億人でトップだが、イスラム教や仏教やヒンズー教がこれを上回ることになるかもしれないのだ。それはつまり、この地球で、この世で、何が正しいのかという”規範”にも影響するということ。パワーバランスの頂点に居るアメリカに多く浸透しているのはキリスト教だが、もしイスラム過激派の人数が、この世の大多数を占めていたとすれば、あの行動は『テロ』になるのだろうか?それとも、仲間はずれの北朝鮮のように、『制裁』になるのだろうか。

 

どちらの概念で、世の人々の脳裏に焼きつくのだろうか。私の家族は、兄と私以外、全員クリスチャンである。その問題に、どれだけ悩まされてきたかということは、とてもここには書ききれないが、私がここで言いたいことを、ある偉人が代弁してくれている。

 

byクロード・ホプキンズ

 

例えば、『パレートの法則』とは、別名『80対20の法則』と呼ばれ、この世のあらゆる現象は、『80対20』の割合で成り立っているという法則である。この世の80%の財産は、この世の20%の大富豪が所有している。会社の80%の売上は、会社の20%の社員や、商品が上げている。このように、大体が『80対20』で成り立つ不思議を、イタリアの経営学者ヴィルフレド・パレートが証明している。この法則が黄金律だということは、『経営のプロ』という太鼓判でもある、MBAを取得しようと思ったら必ず向き合う事になるという事実を見れば、一目瞭然。では、このパレートの法則で言うと、家族も含めた、我々の周りにいる人間は、はたして、『80%』側の凡人(その他大勢の一人)か、あるいは、『20%』側の偉人(模範にすべき人)か。『たまたま周りに居た』ということは、その数値には何一つ関係しない。

 

ここまで考えると、重要なのは、『周りの人』や、『大多数』ではないということが見えてくる。『家族は重要だ』という意見があるだろうが、では、私のように、家族間で『宗教の違い』があった場合は、一体どうやってこの世の”規範”を決めればいいというのだろうか。『家族は80とか、20とか関係ない。家族こそ、一心同体。家族の規範には、従わなければいけない。従わない子供は、反抗期であり、どら息子であり、親不孝だ。家族の規範こそ、絶対なのだ。』という意見もあるだろう。人間は感情的な動物だ。そういう感情はあって当然だ。崇高な、家族の絆に見える。

 

だが、”真実”は違う。では、自分以外の家族全員が、『殺人』や、『人身売買』、『麻薬』に、『拉致監禁』を平気でするような『異常者』だったら?それに従うのが、”規範”であり、運命なのだろうか。私はそうは思わない。

 

『見ろ…罪名が14年前に戻っても…何もかも昔とは違う──この島は今や力に満ちているこれからさ…わしの身に何が起きても わしは町の力になれるわしの夢はやっと走り始めたんだ…』

 

私がこの手のテーマ、つまり『規範意識』について考えるとき必ず引き合いに出す4つの映画がある。その詳細は下記の記事に書いた。

 

 

犯罪とは、=人殺しではない。犯罪とは、法を犯すということである。法律が人殺しを認めていないのであれば、それは犯罪である。法律は、矛盾だらけ。だから常に、改正されたり、変化していく。なぜなら、法律を決めている人間そのものが、恒久的に未熟だからだ。だから法律も、恒久的に矛盾するだろう。信念のある人間とはそういうことを理解していて、『大多数の意見』や『常識』などというものに、いちいち動かされないという共通点がある。

 

『俺は9人が白と言ったら、いつも俺一人、黒と言ってきた。』

と言って、偉業を成し遂げてきた北野武

また、天才数学者のグリゴリー・ペレルマンは、フィールズ賞を辞退してこう言った。

 

彼は、自分の哲学を追求し、哲学のうちに生きただけであり、フィールズ賞を受賞することなど、彼の前には無意味だった。『多くの人間』や、常識(法律)、または、『家族』に認められることが”規範”なのだろうか。私はそうは思わない。ゴッホが、この世を去ってからその真価を評価されたように、『大多数』や『常識(法律)』、『時代』は、=真実とは限らない。この世に信念を持つ人は、知っている。自分の”儚さ”、そして、”尊さ”を。

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
※画像は以下の参考文献から引用しています。
 
一言
この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。