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D・H・ローレンス『子どもを父や母に結びつけていた絆は、決して切れることはないけれども、それはゆるむのである。』

D・H・ローレンス


イギリス作家 D・H・ローレンス画像


この言葉を最初に見たのは、恐らく13年前のことだった。何せ、私は宗教を強要する親に対し、一時は本当に死を望んでいたのだ。その只事ではない事実からも、私がこの言葉のことを覚えている理由は十分だろう。

 

クリスチャン

 

私は一般の人から言わせれば『道を踏み外した』、あるいは『反れた』わけだが、 当時の私はこう思っていた。

 

『誰も助けてくれないこの真っ暗闇の人生の中、自分が自分の道を見つけて、それを歩いているだけなのに、それについてろくに調べもしないのに頭ごなしに批判し、否定する人間が歩く道など、逆に怪しい。そちらこそが、自分たちの道を再確認するべきである。』

 

今でこそ『私が』、『自分で』、自分のことを『歪曲していた』という事は出来るが、一たびそれが他人に言われるとなると、はらわたが煮えくり返る。それぐらい複雑で、繊細で、厄介な人間が、私という人間である。

 

だが、こういう人間は決して私だけではないので、私は特別な存在だと思い上がるべきではない。しかし、アファメーション(自己効力感)という観点から考えると、自分のことを特別扱いし、鼓舞して果敢に突き進むことは良しとされる。つまり、私が厄介なのではない。『世の中が厄介』なのだ。

 

例えば、『二度あることは三度ある』と、『三度目の正直』という言葉。一体どちらが正解なのだろうか。『世の中が厄介』なのだ。私はそれを真正面から考えているだけである。『鏡』だと自負しているぐらいだ。

 

宗教を強要され、親の死を願ったことも同じことである。私でもない。親でもない。ましてや、宗教でもない。『世の中が厄介』なのである。

 

厄介

 

今でこそそう言えるが、当時は『親と宗教』を憎んでいたのである。D・H・ローレンスの言う通り、殺すほど憎んではいなかったが、逆にそれが辛いところだった。やり場のない怒りだったのだ。

 

『歪んだ愛情は、文字通り人の人格を捻じ曲げる。』

 

ここにすべては書いた。

 

私はこの言葉を聞いた時、両親に対す紛れもない愛と、それと同時に確実に抱く確かな憎しみの感情を見事に言い当ててくれたことに、感謝したのを覚えている。

 

 

 

※この文章は全てオーナー独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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著者:一瀬雄治(Yuji ichise.)

 

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D・H・ローレンス『子どもを父や母に結びつけていた絆は、決して切れることはないけれども、それはゆるむのである。』



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