『ヒト』を最適化しよう。

『人間が『幸せだ』と言ったのなら、そこにあるのは隠蔽だ。』(2ページ目)

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:視点1

世界中の人が満たされることを願う「大欲」

人間は、その命の最後の一呼吸が終わるまで、『幸せだ』と言う資格はないのである。言うだけなら簡単だ。今すぐに言えばいい。しかし、次の言葉を聞いてどう思うかだ。松下幸之助から『経営の神様』のバトンを受け取ったに等しい稲盛和夫は、柳井正孫正義らを抑えて圧倒的な支持を得ている。  その稲盛曰く、

 

『幸せだ』って、そりゃちょっと、スケールが小さいんじゃないだろうか。

 

 

人間はこの世に正義を実現させるために生きている

慶応義塾大学を卒業し、慶應義塾高校で教職に就き、同校生徒のアンケートで最も人気のある授業をする先生として親しまれた佐久協の著書、『論語の教え』にはこうある。

正しい道理を知っていながら実行しようとしないのは、臆病者の証拠だぞ。

 

この章句の前半は、『自分の先祖の霊でもないのにペコペコ頭を下げて拝むのは、信心深い行為をしているのではなく、あわよくば御利益をえようとの下賤な行為だ』という意味である。一方、当然すべきだとわかっていながら利益になりそうにないからと正しい行為をしないのは、勇気のない卑怯者の証拠だというのだ。

 

おそらく孔子の指摘に耳の痛い思いをしない者は少ないだろう。わたしたちは、気後れしそうになると、『何が正しい行為であるのかの絶対の基準などない』とか、『へたに注意をして逆恨みされたり、殺されでもしたら元も子もない』と防御線を張りがちである。孟子は、『人が『できない』と言っている時、99%は『やろうとしない』を『できない』と誤魔化しているのだ』と述べ、『人間はこの世に正義を実現させるために生きているのだから、正義の実現のためには死んだとしても本望と思うべきだ』と威勢よくぶち上げている。

 

『本当に』知らないのだろうか。『本当に』そうだろうか。自分が幸せになるために歩くべき道を。

 

世界平和は私たち一人ひとりの問題

浄土真宗本願寺派、第25代門主、本願寺住職、大谷光淳の著書、『ありのままに、ひたむきに』にはこうある。

世界平和は私たち一人ひとりの問題 そういう意識をもたないと状況に流されてしまう

 

国というもの、社会というものは、基本的には私たち一人ひとりで構成されているわけですから、国や社会がどのようにあるかは、一人ひとりがどういう生き方をしていくのか、ということと切り離して考えることはできません。

 

(中略)一人ひとりがどういう意識を持つかで、ものごとは変わってきます。これはどんなに組織が大きくなっても同じだと思います。これを、特に世界平和という問題に当てはめると、私たち一人ひとりがどのように考えるかという問題だとの意識を持たないと、状況に流されてしまい、何も変わらないということです。何もせず、ただ流されてしまっていいいのでしょうか。私たちにはできることと、やるべきことが数多くあると思います。

 

我々人間『全員』が世界平和を望んだとき、はじめて世界平和は訪れる。

 

:視点2

無数のシラミに喜ぶ人間

さて、ここからは『視点2』だ。矛盾するようだが、そうは言っても、自分がこれらの状況と比べて、『幸せだ』と思えないのであれば、それは愚かの極みである。第8の黄金律、『足るを知るは富む。足るを知らぬは貧しい。』と併せて考えるべきである。

 

作家、五木寛之の著書『大河の一滴』にはこうある。

あるシベリア帰りの先輩が、私に笑いながらこんなことを話してくれたことがある。『冬の夜に、さあっと無数のシラミが自分の体に這い寄ってくるのを感じると、思わず心が弾んだものだった。それは隣に寝ている仲間が冷たくなってきた証拠だからね。シラミは人が死にかけると、体温のある方へ一斉に移動するんだ。明日の朝はこの仲間の着ている物をいただけるな、とシラミたちを歓迎する気持ちになったものだった。あいだに寝ている男が死ぬと、両隣の仲間にその死人の持ち物、靴や下着や腹巻や手袋なんかを分け合う権利があったからね。』

 

アウシュビッツ強制収容所

ナチスの強制収容所に収監され、人間の想像を絶する3年間を過ごしたドイツの心理学者、ヴィクトール・E・フランクルの著書、『夜と霧』にはこうある。

アウシュビッツでの第一夜、わたしは三段『ベッド』で寝た。一段(縦が2メートル、幅は2.5メートルほど)のむき出しの板敷に9人が横になった。毛布は一段、つまり9人につき2枚だった。言うまでもなく、わたしたちは横向きにびっしりと身体を押し付けあって寝なければならなかった。もっとも、体は冷え込み、居住棟には暖房などなかったのだから、これは都合がよかった。この『仕切り』に靴は持ち込み禁止だったが、禁を犯してでも枕にする者たちもいた。糞にまみれていることなどおかまいなしだ。そうでもしないと、脱臼しそうなほど腕を伸ばして頭を乗せるしかなかった。(中略)彼はおおかたの仲間と同じように、ぼろの『おしきせを着』せられた。案山子のほうがよっぽどましだった。

 

案山子

 

収容所と棟との間は一面のぬかるみだ。泥をどかしたり、あるいは『地ならし』をするたびに、わたしたちは泥まみれになった。新入りは、往々にして便所掃除や糞尿の汲み取りを受け持つ作業グループに配属された。糞尿は、でこぼこの地面を運んでいくとき、しょちゅう顔にはね返るが、ぎょっとしたりぬぐおうとしたりすれば、必ずカポーの一撃が飛んできた。労働者が『上品ぶる』のが気に障ったのだ。

 

(中略)彼は叫び声を耳にする。そちらを見ると、仲間が何度も地べたに殴り倒されていた。立ち上がってはまた殴り倒される。なぜだ。その男が熱を出したからだ。

 

(中略)12歳の少年が運びこまれた。靴がなかったために、はだしで雪のなかに何時間も点呼で立たされたうえに、一日中所外労働につかなければならなかった。その足指は凍傷にかかり、診療所の医師は壊死して黒ずんだ足指をピンセットで付け根から抜いた。それを被収容者たちは平然とながめていた。

 

(中略)多くは死を待つばかりだ。またひとり死んだ。するとなにが起こるか。X回目に、X回目に。感情的な反応など、もはや呼び覚まされない。いったいなにが起こるのか。見ていると、仲間がひとりまたひとりと、まだあたたかい死体にわらわらと近づいた。ひとりは、昼食の残りの泥だらけのじゃがいもをせしめた。もうひとりは、死体の木靴が自分のよりましなことをたしかめて、交換した。三人目は、同じように死者と上着を取り換えた。四人目は、(本物の!)紐を手に入れて喜んだ。

 

(中略)その直後、スープの桶が棟に運びこまれた。スープは配られ、飲み干された。わたしの場所は入口の真向いの、棟の奥だった。たったひとつの小さな窓が、床すれすれに開いていた。私はかじかんだ手で熱いスープ鉢にしがみついた。がつがつと飲みながら、ふと窓の外に目をやった。そこではたった今引きずり出された死体が、据わった目で窓の中をじいっとのぞいていた。二時間前には、まだこの仲間と話をしていた。わたしはスープを飲み続けた。

 

 

(中略)とにかく、あれは忘れられない。ある夜、隣で眠っていた仲間がなにか恐ろしい悪夢にうなされて、声を上げてうめき、身をよじっているので目を覚ました。以前からわたしは、恐ろしい妄想や夢に苦しめられている人を見るに見かねるたちだった。そこで近づいて、悪夢に苦しんでいる哀れな仲間を起こそうとした。その瞬間、自分がしようとしたことに愕然として、揺り起こそうとさしのべた手を即座に引っ込めた。そのとき思い知ったのだ。どんな夢も、最悪の夢でさえ、すんでのところで仲間の目を覚まして引き戻そうとした、収容所でわたしたちを取り巻いているこの現実に較べたらまだましだ、と…。

 

収容所

 

(中略)数か月後、すでに解放されたあとに、わたしはもとの収容所に残った仲間のひとりと再会した。この男は『収容所警官』をしていたが、収容所最後の日々、死体の山から消えて鍋の中に出現した肉片に手を出したひとりだった…わたしは、あの収容所が地獄と化し、人肉食が始まる直前に、そこを逃れたのだった。

 

『幸せ』とは一体何だろうか。

 

 

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