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キリスト『性欲があるのは当然だ。だが、性欲の持っていき方を間違えると、取り返しはつかない。』


イエス・キリストの言葉


キリスト教の礎 イエス・キリスト

 

例えば浮気、不倫、強姦、小児拉致監禁、これだけ考えても、おぞましい限りだ。

 

キリスト教が定義している『罪』という言葉を紐解くと、『的を外す』という言葉にたどり着く。『罪を犯す』とは『的を取り違える』、『自分の欲望を間違った方向に持っていくこと』である。

 

キリスト教の『7つの大罪』には、『傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、暴食、色欲、強欲』があるわけだが、これらを『間違った方向に向ける』のが『罪』であり、間違いなのだ。

 

これだったらわかりやすいだろう。

『欲があるのはいい。だが、それを間違った方向に向けるのは、罪だ。』

 

こうやって表現する人間がどれだけいるだろうか。私など、クリスチャンの両親の下に生まれ、その友人たちと腐るほど会って来たが、一人としてそうやって表現する人はいなかった。(もっとも、他人の家族の事に口出ししないだけなのだが。だが、口出ししないのはしないで、彼らをクリスチャンと呼べるかどうか首をかしげる。)

 

一方的に、あるいは強制的に『欲望』を否定して、押しつぶそうとする。これでは人間の尊厳の、全否定である。私はその圧力によって、10代の頃、『束縛』というキーワードに常に頭を抱えていた。だからその反動で『自由』を求めたのだ。

 

あの頃の私など、『自由』そのものだった。誰が見ても、そう見えただろう。あまりにも無責任なほどに、私は自由を追求した。

 

『欲はあっていい』のだ。それをどう持っていくかが、問題なのだ。あるいは稲盛和夫曰く、

『欲はあっていい。だが、自分だけが満たされて満足する小さな欲ではなく、 世界中の人が満たされることを願う「大欲」を持て。』

 

ということなのである。

 

 

参照:『格言の書 第2章』

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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確かに人間は、闘わなければならない。だが、その相手は『外』にはいない。


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キリスト『性欲があるのは当然だ。だが、性欲の持っていき方を間違えると、取り返しはつかない。』


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